カテゴリー「博物館・美術館」の53件の記事

2008/05/05

日本郵船歴史博物館

氷川丸で共通入場券を買ったので、「日本郵船歴史博物館」にも行ってきた。

日本郵船歴史博物館に行くのは実は2回目。
時間もあまりなかったので、企画展を中心に見て回った。

この日行われていた企画展は「氷川丸リニューアル記念展 あの頃の氷川丸」と「豪華客船の食 ~船からうまれた工夫~ 大正から昭和まで」

・氷川丸リニューアル記念展 あの頃の氷川丸
氷川丸の歴史と、リニューアルの概要(モチーフ等)を紹介したもの。
全体的な展示物の量は多くないですが、横浜に係留してからの内容は氷川丸内での展示より充実していたように思いました。
良かったです。
5月6日までです。

・豪華客船の食 ~船からうまれた工夫~ 大正から昭和まで
戦前の北米航路の1等での食事に関するものが主です。
比較の為なのか、帝国ホテルとホテルニューグランド(横浜市)のその当時の食事も。
当時の客船での食事を今食べても遜色は無いし、むしろ今の食事よりも贅沢なのではないか? と思ってしまった。
自分がコース料理など高級料理の経験がほとんどないからそう思うだけなのかもしれないけど。
船場吉兆で客が食べ残したものを食べた事もありませんし、...新品も食べた事ありませんが...。
こちらも良かったです。
こっちは8月31日まで。

「日本郵船歴史博物館」に入場すると、受付でコインが1人1枚渡されます。
このコインは、館内のティーコーナーの自動販売機で使えます。
サービスです。
この自動販売機は、一般の硬貨は使用不可で、受付で渡されるコインしか使えません。
「もう1杯飲みたいと思ったらどうするのだろう?  諦めるしかないのかなぁ」と、何気に気になります。

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2008/05/04

氷川丸 2008

横浜・山下公園に係留されている「氷川丸」、2006年12月の営業終了後リニューアル工事が行われ、2008年4月25日、日本郵船の運営で営業が再開された。

4月27日に行ってみた。

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入場料は大人200円。
安い!
日本郵船歴史博物館との共通入場券も発売されており500円。日本郵船歴史博物館単独の入場券も同じ500円で、日本郵船歴史博物館の入場券の半券を見せると氷川丸は無料。

共通入場券を購入して、入場する。

入ってすぐのエントランスロビーでは約30分の映像が上映されている。
船内施設では、1等の客室・食堂・社交室・喫煙室、3等の客室、船長室、操縦室、機関室等を公開。
その他、氷川丸の軌跡や、シアトル航路時代の資料等の展示がある。

以前の公開時と順路が大幅に異なっており、公開されている施設も減っていた。
以前は細々といろいろあった展示施設も、氷川丸に関するものに限定したシンプルな構成となった。
以前あったレストランもありません。
「必要なものを必要なものだけに」といった感じでしょうか。

・左: 1等社交室、右: 1等特別室
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・左: 船首部分、右: N1 DECKのデッキ部分(中には入れません)
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・氷川丸の船上から見た遊覧船等
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願わくば公開範囲の拡大かなぁと思いますが。2等客室の公開がないので2等客室の公開とか。
何はともあれ営業が再開できて良かったです。
見学を終えて船外に出ると、入場待ちの列が出来てました。

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参考: 氷川丸 (2006/12/17)  ※2006年12月の営業終了前に訪れた時の記事

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2008/04/20

横浜市歴史博物館と大塚・歳勝土遺跡

横浜市営地下鉄・グリーンラインに乗りに行ったついでに、センター北駅の近くにある「横浜市歴史博物館」と「大塚・歳勝土遺跡」に行って来た。

「横浜市歴史博物館」に行くのは2回目で、1回目に行ったのは10年ぐらい前。横浜市営地下鉄・ブルーラインは開業していたものの、センター北駅周辺は開発中でまだ何も無い状態だった。
今はショッピングセンターが立ち並ぶ状態で、その当時と比べるとこの辺りは「ずいぶん変ったなぁ」と思う。

・横浜市歴史博物館
文字の焼き付きが発生しているブラウン管のテレビを久しぶりに見た!
「横浜市歴史博物館」の開館は10数年前と思われるが、それぐらいの時代のテレビでも焼き付きって発生するんだなぁ~。

常設展は「原始1」「原始2」「古代」「中世」「近世」「近現代」の6つに区分けされ、それぞれの時代について展示されている。
土器や埴輪等古墳時代までの展示が半分を占め、その後それぞれのテーマの時代に一気に飛んでいくといった感じであった。隙間に当たる時代の展示物がなく、中途半端に感じたが、「テーマを絞る」という意味では良いのかな?
自分的には大昔の事よりも近代の横浜の発展の方が興味があるが、それらについては別の博物館(横浜開港資料館横浜都市発展記念館)が詳しいので、そっちを見てくれという事なのか。

「歴史劇場」というコーナーもある。
真ん中から手などが動く人形が出てきて、CG・実写・模型を駆使した約15分のプログラムが放映される。割とよくあるパターンのものだ。
正直... つまらんかった。見ていて眠くなってきてしまった。

・大塚遺跡
横浜市歴史博物館での見学を終えた後、その直ぐ近くにある「大塚・歳勝土遺跡公園」内にある「大塚遺跡」に行った。
到着したのが閉館10分前だったので、ざっと見て終わりとなった。
入場無料で係員は常駐なし。見学していたら警備員の人が自転車に乗ってきてやってきて、残っている人がいないかチェックを行っていた(その間自分は遺跡から出た)。
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・歳勝土遺跡
同じく「大塚・歳勝土遺跡公園」内にある「歳勝土遺跡」。
大塚遺跡に住んでいた人の墓との事です。
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・昔の大塚遺跡は...
下記写真の道路の切り通しが高くなっているところが「大塚遺跡」。
という事は、昔は道路及び道路の左側も遺跡だったんですよね。
遺跡の多くの部分を壊して開発してしまったと。
「横浜市歴史博物館」に展示されていた写真によると、発掘当時の「大塚遺跡」の周りに建物がほとんどありませんでした。
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2008/03/18

島原の旅 (18) 観光復興記念館

島原城の入場券は、島原城の敷地内にある「観光復興記念館」「西望記念館」との共通入場券。

「観光復興記念館」にも行って見た。
2Fは展示室、1Fは映像ホールとなっている。

2Fの展示室、時間が無かったのでほとんど素通りしてしまったが...。
災害に関する展示物を取り囲むように、ひな祭りに関するものが特別展として展示されていた。(なので、災害に関する展示物はモノによってはよく見えない。)
ん...と...~
他に展示する場所が無いのかもしれないけど、観光復興記念館に見学に来る人はほとんどいないのかもしれないけど(特に地元の人は)、「これはちょっとひどいんじゃない?」と思いました。
本来の展示物のテーマがテーマだけに、こんな所に飾るべきものではないのではないかと思いました。

1Fの映像は良かったです。

時間がないので「西望記念館」はパスし、急いで島原駅に戻りました。

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島原の旅 (17) 島原城

島原駅から直ぐ近くに見える島原城に行く。
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駅から近いのかなと思っていたら、遠かった。
駅から島原城に向かって歩くと島原城の堀にぶち当たり、「←300m 島原城」の標識が。
堀があるため、島原駅の反対側までぐるっと回らないと島原城には入れない。
あんまり時間がないのに...。
ぐるっと回って島原城に向かう。
※ で、後で知った事だが右に向かうとぐるっと回らなくても島原城に行けたらしい。

島原城に到着。
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城の周りの半分は駐車場が取り囲む。
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入場料を払い、島原城に入城する。
1階はキリシタン史料館。
これが結構良かった。
キリシタンが弾圧された時代(主に江戸時代)、隠れキリシタン達が一見仏具に見えるものにマリア等の姿を隠して信仰したという。それらの物が展示されていた。
そこまでしてでも信仰したというその事が、信仰心があまり無い自分としてはちょっと感心した。

歴史の教科書でもでてきた「踏み絵」も展示されていた。
その踏み絵を見て、中学時代の歴史の授業を思い出した。
その日はその「踏み絵」が関連する時代の授業で、先生が踏み絵の模造品を持ってきた。
で、その先生は「今から順番にこの踏み絵(の模造品)を回すので、踏みたい人は踏んでください」旨の事を言った。
で、回ってきた踏み絵をみんなが踏み出し、3人目ぐらいの人が踏み絵を思いっきり力を入れて踏み、踏み絵(の模造品)が真っ二つに割れた。
...今考えると、たとえ模造品だとはいえ、ひどいなぁと。
踏む方も踏む方だが  ~自分も回ってきていたら踏んでいたと思う~、「踏んでも良い!」と言った先生はもっとどうかと。
キリスト教の信者がいたらどうしたのだろう。実はいたのかな? 本人はかなり傷ついたかもしれない。
そんな事を、展示物を見ながら思いました。

時間が無かったので、2階・3階辺りは軽く見学し、城の最上階にある展望所に。
風が強くて怖かった。
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こちらは、前日の夜撮影したライトアップされた島原城です。
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2008/03/15

島原の旅 (15) 雲仙災害記念館 (その3)

展示室の見学を終え、展望塔に向かう。

左の写真が山側・雲仙普賢岳、右の写真が海側・有明湾です。
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ミュージアムショップの奥では雲仙普賢岳に関する写真展が行われていた。
何年も前の開催期間が書かれた紙の上に、「常設」の紙が貼られていた。ん...。
写真自体は良かったです。

「雲仙災害記念館」の見学を終え、国道上の「アリーナ前」バス停に向かう。
横断歩道の信号待ちを信号待ち中など、目の前でバスが通り過ぎてしまったら最悪だ..と思い急ぎ足でバス停の到着。

が~ん...。
運は自分の味方をしてくれなかった。
次のバスまで50分程度ある。
1つ前のバスは10分程度前だったようだ。
この寒空の中で50分待つのはきつすぎる。
鉄道の時刻を調べると、バスよりもだいぶ前に安徳駅から島原方面の列車があり、今から歩いても間に合う時間だったので、安徳駅まで歩く事にした。
鉄道・バス・フェリー1日乗り放題の「島鉄のんびり1500」を買ったので、一度ぐらいはバスにも乗ってみたかったです。

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島原の旅 (14) 雲仙災害記念館 (その2)

雲仙災害記念館」の展示室に入場する。

ところで、何でこんな館名にしたんだろう。
「災害"復興"記念」ではなく、「"災害"記念」だからな。
災害にあったこと自体が良い出来事だったみたいだ。そりゃまぁ災害があったからこそこの建物ができ、観光資源になったのだから記念っつったら記念なのかもしれないけど、この館名をつける事に対して反対はなかったのだろうか。
だからなのか、パンフレットには愛称の「がまだすドーム」の文字が大きく書かれていており、「雲仙災害記念館」の文字は端に小さく書かれていた。

1990年に始まった雲仙普賢岳の平成噴火、そういう出来事があった事自体は覚えている。しかしながら、どんな感じの噴火であったが、どの程度の被害があったのか、正直な所すっかりと忘れていた。いや、当時あまり興味がなく、初めから知らなかったのかもしれない。
館内展示やその他Wikipedia等によると、火砕流と土石流による被害が主で、43人が死亡。一般住民の死者は4人で、報道関係者やその関係者の死者が大半。報道競争が過熱し、危険地域でもあった「定点」と呼ばれていた火砕流を正面から望める場所に火砕流が襲い、死亡した人が多いと言う。
報道関係者の死は自業自得のような気もするが、それにしても43人も亡くなってたんだ。知りませんでした。
---

入場券を買い展示室の入口に行くと、展示物に何の興味もなさそうな雰囲気の小学生ぐらいの騒がしい団体が入口の前に整列していた。
あぁ~...これはバッドタイミング!!
これじゃぁゆっくり見物できないや。また、貴重な展示物で遊んでいる姿を見て、嫌な気分を味わってしまいそう。
団体さんがどこかに行ってから入場しようかと思っていたら、団体客よりも先に案内されてしまった。
入口で5分程度係員からの説明があった。団体客の前で団体客と一緒に説明を聞かなければならないかと思いきや、係員1人に自分1人(団体客は別だった)。これはこれでちょっと恥ずかしい。
で、係員からの説明を聞き、入口付近の展示物を見ていたら先ほどの団体客はいつの間にか館内からいなくなっていた。ん...早っ!!! 展示物は見ていかなかったのか? と思うほど。

上映時間になったので、「平成大噴火シアター」で映像を見る。
ややナレーション(古谷一行さん)のトーンが気になったが、良かった。
平成噴火の事が良く分かった。

その後にある「焼け尽くされた風景」の展示が衝撃的で、しばらく言葉を失った。
火砕流で被災したテレビカメラや電柱・バス停等が展示されている。
戦争で被爆した物と同じような状態になっている。
この部分を見るだけでも、雲仙災害記念館を見る価値があるのではないかと思う。

上映時間になったので、「島原大変劇場」でコンピュータで自動的に動く劇を見る。
寛政4年(1792年)に発生した噴火「島原大変肥後迷惑」に関する劇。
正直、眠くなってしまった。

そんなこんなしている内に、ここに来る前に記憶した「アリーナ前」バス停の、記憶範囲内の最終バスの発車時刻が近づいてきてしまった。その次のバスの時刻は何分だろう。1時間の1本強の運転だったので、時間を調べて行かないと寒空の中で長々とバスを待つことになってしまう。展示室に入る前に「間に合わないかもしれないなぁ~」と思ったので、バスの発車時刻がどこかに貼っていないか探したのだが、見つけられなかった。
ちょっと迷ったが、まだ見ていない展示物が多かったので自分の運を信じ、記憶範囲内の最終バスに乗ることを諦め、ゆっくりと残りの展示物を見学した。

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島原の旅 (13) 雲仙災害記念館 (その1)

安徳駅から「雲仙災害記念館」まで歩く。
徒歩15分程度。
途中国道上のバス停(アリーナ前)で、帰りのバスの時刻を記憶する。安徳駅よりもバス停の方が「雲仙災害記念館」からだいぶ近い。

この日は風が強くて寒く、体がすっかり冷え切ってしまった。
「やっと着いた!」と思ったが、さらにその先にヘリコプターとジープが見えたので、我慢してその場所に行ってみた。
「なんでこんな所にこんなものが置いてあるんだ?」
雲仙普賢岳噴火時の災害救助で活躍した自衛隊のヘリコプターとジープとの事でした。
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その直ぐ先で有明湾に突き当たる。
振り返って雲仙普賢岳を撮影する。
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「雲仙災害記念館」に入る。
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展示室に入る前に2Fのレストランで昼食。
島原名物という「六兵衛」のセット(1000円)を頼む。
サツマイモを原料とする麺との事。(→Wikipediaの「六兵衛」参照)
非常食として考えられた食べ物らしく、正直華がないと言うか、食べていてだんだん飽きてきてしまいました。
奮発して、1500円もする「具雑煮」のセットにすればよかったかなぁ。
下記写真の土鍋に入っているのが「六兵衛」です。
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2008/02/17

国立科学博物館 その他

2月16日、東京・上野の国立科学博物館に行った。
「アンコール 世界遺産ナスカ展」の見学後、それ以外の常設展等を見学する事とする。
 → 「アンコール 世界遺産ナスカ展」に関する記事はこちら

2年前「ふしぎ大陸南極展2006」を見に行った時に、早周りではあったが「地球館」(当時の名称は新館)を見学した。そのため、今回はそれ以外を主に見て回る。

<企画展 「雷龍の王国 ブータン -その多様な自然と人々-」>
日本館1階の企画展示室で開催されていた。
別料金は不要。
ブータンの自然や生活様式等を紹介すると言うもの。
ブータンって、国王によって統治されているんですね。日本のように「形だけ」というわけではなく。しかも王政は昔からあるわけではなく、20世紀初頭から始まったとの事。
ちょっと驚いた。
また、日本では「国立」と付く施設が、「王立」と記載されていて違和感を感じた。

ごめんなさい。ブータンにぜひ行ってみたいとは特に思わなかったです。

<シアター360>
2005年に開催された「愛・地球博」の長久手日本館で展示された「地球の部屋」を移設したとの事。仮設と言った感じではなく、しっかり工事をして設置した感があった。恒常的に使い続けるつもりなのか...。
真ん中に通路があり、その周り360度全方位に映像が映し出される。通路の床の一部はガラスになっており下も見える。
「愛・地球博」で上映された作品1本と国立科学博物館オリジナル作品1本(この日は「マントルと地球の変動」)の2本立て計約8分の上映。
「愛・地球博」は行っていないので、始めて見た。
自分的には、「愛・地球博」で上映された映像の方が360度全方位が活かされていて良かったです。

<日本館>
2006年に訪れた時は工事中であった。
地球館は2Fを除いて自然科学中心の展示だったので、日本館は科学技術中心の展示なのかなぁ勝手に思い込んでいたが......、日本館は自然科学Onlyだった。
考えようによっては、自然科学プラス文系である地理学&歴史学&考古学 かな。

「科学博物館」なのに科学技術の展示が申し訳程度だなんて、科学技術に関連する仕事をしている自分としてはちょっと寂しく感じた。

時間がなかったので早回りとなってしまったが、自分としては1Fの地球儀と地震計の展示が興味深かったです。

<その他>
11時半頃入場し、レストランで食事を行った後、「アンコール 世界遺産ナスカ展」を見学し、その後常設展へ。
退場したのは、国立科学博物館の17時の閉館直前でした。
ずいぶん長い間いたが、それでも時間が足りなかったです。

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アンコール 世界遺産ナスカ展 (国立科学博物館)

2月16日、東京・上野の国立科学博物館で開催されている「アンコール 世界遺産ナスカ展」に行った。

2006年3月から国立科学博物館を皮切りに全国9会場を巡回したナスカ展のアンコール・ファイナルとの事だが、自分としては初めての見学。
主な展示内容は、ナスカ文化の土器・ミイラ、バーチャルで飛ぶ! ナスカの地上絵シアター。
ナスカ文化は、紀元前100年から紀元後700年頃まで南米・ペルーの南部海岸地帯で栄えた文化を指す。

<ナスカ文化の土器>
土器に描かれた絵を元に当時の生活様式等を知ろう.. というのが展示の趣旨と思われ、展示物の半分以上を占める。
ナスカ時代は日本で言うと弥生時代付近に当たるものと思われるが、日本の弥生式土器と感じが異なった。

日本の弥生式土器:
・光沢がないか、既に光沢が失われている
・色が付いていないか、付いていても薄くなったり既に消えていたりする
・絵はあまり描かれていない
・形は単純

ナスカの土器:
・今も光沢がある
・色がくっきり付いている
・絵が描かれており、絵のタッチがイラストみたいな感じ。
・描かれている絵にあわせた複雑な形をしているものもある。(土器の形が頭の形になっている等)

やや言いすぎなのかもしれないが、ナスカ土器が現在の食器売り場に並んでいても、それほど違和感がないのではないかと思った。
会場の壁に張られていた「Q&A」によると、土器の焼き方の違い(窯を使うのではなく地面に穴を掘ってそこで焼く)や、気候の違い(ナスカは乾燥しておりほとんど雨が降らない) が影響しているとの事。

土器に描かれた絵で、当時の生活様式等が分かった。

<ナスカ文化のミイラ>
ミイラ自体は自分にはあまり興味はないのだが、その横に展示されていた頭蓋骨が怖かった!
頭蓋骨に穴を開けて行う手術や、子供の頃に頭の形を変形させる風習があったそうだ。

<ナスカの地上絵>
地面が岩で覆われている地域にあり、線の部分だけ20~30cm程度の深さで岩を取り除いて絵が表現しているとの事。
現地は乾燥しており雨がほとんど振らない為、風化せずに現在も絵が残っているそうだ。
近年、自動車等の侵入や、エルニーニョ現象による降雨により、破壊の危機に立たされているとの事。

<バーチャルで飛ぶ! ナスカの地上絵シアター>
バーチャルリアリティを用いたCGで、飛行機に乗って上空からナスカの地上絵を眺めるような形の13分の映像が、大きなスクリーンに映し出される。
迫力はあったがあくまでCG、映像作成者が考えた想像上のナスカの地上絵を見せられているような感じがした。
勘ぐり過ぎかもしれないが「この映像はどこまで本物と信じたらよいのだろう...?」って。
現地で撮影した本物の映像をCG化したもので、地上絵自体は脚色していないとは思うんですけどねぇ..。

迫力には欠けるかもしれないけど、自分としては、CGではなく加工していない現地で撮影した本物の映像を見たかった。

<シカン発掘研究>
過去何度かロロ神殿の発掘調査が行われており、今年の夏、神殿中央部の発掘調査を行うそうだ。
そして来年の夏に、国立科学博物館で「黄金の都 シカン発掘展Ⅱ」を開催するとの事。
「シカン発掘展Ⅱを開催するための発掘調査?」(調査の目的が違うんでは?)と言う感じがしなくもなかったが、これと言ったものが発掘されなかった場合、来年夏の「シカン発掘展Ⅱ」はどうするのだろう。
余計な心配をしてしまったが、模造とか...しないよね?

<まとめ>
見るものが多く、人も多く、疲れてしまったが、ためになった特別展であった。
会場内での列の進みも悪く、入場してから出てくるまでに3時間程度かかった。
自分が入場した時は待ち時間なしで入れたが、時間帯によっては入場待ちがあったようだ。
「アンコール 世界遺産ナスカ展」は、2月24日まで開催。

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2008/02/12

東京メトロ「副都心線展示室」

2月9日、東京メトロの「副都心線展示室」に行った。
最寄り駅は新宿三丁目駅。
立派な建物又はビルの中の1室にあるのかと思っていたが、そうではなく、工事事務所の一角に部屋が設けられていた。
人一人が通れるぐらいしか門が開いておらず、建物の入口のドアが閉まったままでしかも窓がないので正直入りにくかった。

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入口に記帳する場所があり、記帳してくれとの事。
書いてある名前が少なく、あまり人が来ていないようであった。

副都心線を中心としたトンネル工事の紹介と、副都心線の完成予定模型の展示が主。
駅名は、発表された正式名称に張り替えられれているものと、仮称のままになっているものの両方が存在した。
特に「これだ!」と言う展示はなかった。
ノートパソコンが1台置いてあり、元TBSアナウンサーの山本文郎氏ナビゲートによる東京メトロの歴史を紹介するムービーファイルが流れていた。営団時代に作ったもののようだ。これは、どこか自宅など落ち着いた所で見たいと思った。

副都心線展示室は、2月末で閉館する予定。

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2008/01/20

ていぱーく(逓信総合博物館)

1月13日、東京・大手町にある逓信総合博物館(通称・ていぱーく)に行った。
初めての訪問。

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「ていぱーく」はNHKの「NHK放送館」、NTT東日本の「情報通信館」、日本郵政の「郵政資料館」の3館からなる。
1Fが受付・特別展の会場で、2F・3Fが展示室。料金は大人110円で3館共通。

館内は順路がいまいちはっきりとしない。
エスカレータ上がった2Fの目の前にある「NHK放送館」に入り見学を終えて出口に出ると、目の前には「情報通信館」の出口が。そして、直ぐ近くには3F(郵政資料館等)からの下りのエスカレーターがある。それぞれの出口が集まったような感じの所に出てしまった。これから先どこに行けば良いのかと?。
「自分の所に先に入ってもらえるように!」という3館それぞれの思惑から、このような順路のはっきりしない配置になっているのだろうか???

~ 見学し終わってから思ったのですが、3Fまでエスカレータを登りきり、順番に下に向かって見学していくのが比較的スムーズに見学できるルート(或いは公式見学ルート)だったのではないかと感じた。
 

・NHK「NHK放送館」
「博物館」というよりは、デジタル放送に関する「PR館」だった。
自分的にはあまり見る価値を感じなかった。
昨年訪れた愛宕山の「NHK放送博物館」の方がよっぽど見る価値がありました。

唯一の展示物っぽいものは、入口に置かれている「ラジオ・アーカイブ「あの時 この時」」。
ボタンがいくつも並んでおり、ボタンを押すとその時のラジオの放送が流れるというもの。
これと同じものが、愛宕山の「NHK放送博物館」にもありました。

自分のブログの参考記事: NHK放送博物館
 

・NTT東日本「情報通信館」
2Fの展示物、昔の電話機や交換機等が紹介されてる所の並びになぜ「情報圧縮技術の紹介」なのだろうかと?   これだけ時代が違うような...。
まぁそれはともかく...。

昔の電話機(家庭用・公衆電話)が並んでいて興味深かった。
自分が子供の頃は、自宅の電話は「黒電話」(ダイヤル式)でした。その黒電話も展示されていました。
当時はダイヤル式の黒電話が一般的で、「プッシュホン」が浸透してきた頃。最先端の「プッシュホン」の電話機を使用している家庭が羨ましかったりしました。
その後、家庭用電話は「留守番電話 → コードレスホン → FAX付き」と進化して行き、今は「とりあえず(固定)電話はあればいいや!」って感じでしょうか。それよりも「携帯電話」って感じで。
その他、自分が子供の頃によく見かけたピンク色や赤色の公衆電話もありました。

3Fには、映画「バブルへGO!!」で出てきたようなショルダー式の携帯電話も展示されていました。

さまざまな通信方法を紹介した図に、これから発達が期待されるものとして「PHS」が載っていた。期待も何も、NTTグループではつい先日PHSのサービスが終了したばかりなのだが...。その内この図は書き換えられるのかな?
 

・郵政資料館
時間がなくなってしまい、急いで見ることに...。

日本では、「郵便制度」が始まったのは明治6年との事。
そして「郵便貯金」が始まったのはその2年後の明治8年。「郵便制度」と「郵便貯金」の開始時期にあまり違いがない事に驚き。「郵便貯金」ってもっともっとずっと後に郵便局の事業拡大のために始めたものかと思っていた。ちょっと驚き。
「保険事業」は大正5年からとの事。

7桁対応の「郵便番号自動読取区分機」が置かれていた。
ん... 郵便番号が7桁化されてからそんなに経っていないと思うが、あの機械はどこから持ってきたのだろうかと、機械そのものよりも興味を感じてしまった。
ああいう機械って結構高いと思われるが、動かせもしない展示物の為にわざわざ購入したのだろうか?  故障して修理のしようがなくなった機械があってそれを持ってきたのだろうか?
→ 「ていぱーく」のHPに答えがありました。試作機のようです。

昔のポストが並んでいるコーナー....、こういうのは結構好きです。

その他、大規模な「切手ギャラリー」等があったが、閉館時間が差し迫っており、さっさと出て行って欲しそうな雰囲気でもあったのでパス。
 

「ていぱーく」、全体的に中途半端感を感じた。
各社とも力を入れているような入れていないような... 。入れてないのかな?
3社共同というスタイルが、「ていぱーく」としての明確な方向性を打ち出せなかったりして、それが裏目に出てたりしているのかなと、勝手な想像をしてしまった。

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2008/01/17

地下鉄博物館

1月13日、東京メトロ東西線・葛西駅の近く(線路の高架下)にある「地下鉄博物館」に行った。
地下鉄博物館に行くのはたぶん3回目(リニューアルされてからは2回目)で、1月27日まで開催されている特別展「地下鉄開通80周年記念展 -地下鉄の誕生と発展の足跡-」を見るのが主目的であった。

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・丸ノ内線用300形
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丸ノ内線開業時(1954年)に使用された車両で、両運転台車。
開業当時は単行運転(1両編成での運転)が行われていたようで、今の状況を考えると考えられないなぁと思う。
車内も公開されており、車内の窓をスクリーンとしたビデオ上映も行われていた。
きれいに保存されている。

・銀座線用1000形
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銀座線開業時(1927年)に使用された車両で、両運転台車。
こちらも車内が公開されている。
車内は木目調で間接照明になっており、今の車両や隣に置かれている300形よりも高級感を感じた。

・銀座線用100形 (カットボディ)
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東京高速鉄道(現銀座線・渋谷~新橋間)の開業時(1938年)に使用された車両。(但しカットボディで運転席付近のみ。)

・軌道モーターカー
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・特別展「地下鉄開通80周年記念展 -地下鉄の誕生と発展の足跡-」
日本で始めて地下鉄が開業したのは1927年で現東京メトロ・銀座線の上野~浅草間。
当時は東京地下鉄道という会社の運営で、早川徳次氏が創設した。
早川徳次氏が地下鉄を作ろうと動き出した時~地下鉄開業~営団設立 までの流れを主体とした展示が主であった。
小規模な特別展であったが、自分としては勉強になり結構良かった。
ごく個人的な事であるが、創設時の関係者の名前を見て驚いたりもした。

・その他
全体的に展示物に対する手入れが行き届いているように感じ、感心した。
鉄道模型は、地下鉄博物館と言う事から地下を走ることをイメージしたレイアウトになっている。山や川・街の中を模型電車が走るわけでもなく、正直見ていてもあまり楽しくないように感じでしまった。自分が見たときは、係の人のアナウンスもちょっと....。

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2008/01/06

軽便鉄道博物館

三重県いなべ市の三岐鉄道北勢線・阿下喜駅駅前にある軽便鉄道博物館に行った。
とはいっても、開館日ではないため外側だけです。

・モニ220形 (226号)
1931年製。現三岐鉄道北勢線→現近鉄内部・八王子線 で使用され1982年に廃車。
昨年(2007年)12月にこちらに搬送されるまで四日市スポーツランドで保存されていたとの事。
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以下個人的な蛇足です。

この車両が保存されていた四日市スポーツランド、フィールドアスレチックのコースがある所で自分が小学生高学年の頃に何度か行った事がある。
懐かしくもあり、四日市スポーツランドのHPを開いて今もアスレチックのコースが健在(昔とあまり変っていなさそうな雰囲気)である事に驚きもした。
自分はいわゆる運動音痴なんだが、このアスレチックが意外と上手に出来て両親に驚かれた記憶がある。
中学生の時にも行った事があったんだったかなぁ? 中学の遠足の行先がこのアスレチックだった年があって、その時たまたま病気になって自分は遠足に行けなかった記憶がある...。

自分が四日市スポーツランドに何度か行っていた小学生高学年と、四日市スポーツランドにモニ220形が搬入された頃の時代が一致する。
四日市スポーツランドは昔はアスレチックコースしかなかったのだが、拡張されて「スーパースライダー」等の施設が増設された事があった。その時にモニ220形も設置されたのかなぁ~。
あったようななかったようななかったようなあったような....。

参考:
SPIRITUAL VOID の 視点・・・デザインに携る私達の日々徒然 (モニ220形搬入時の様子が載っていました)
北勢軽便鉄道 阿下喜線 (モニ220形搬入時の様子が載っていました)

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貨物鉄道博物館 2008

2007年10月にNHK-BS「熱中時代 鉄分補給スペシャル2」で放送された変圧器等輸送用の大物車「シキ160形」が展示されているとの事で、三重県いなべ市の「貨物鉄道博物館」に行ってきた。

これがシキ160形。
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でかい!
車輪が左右合わせて24個もついています。(普通の電車は8個)

ちなみに...。

・1898年イギリス製の蒸気機関車(元東武鉄道39号)
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・藤原岳辺りの山を背景にした貨物鉄道博物館前
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※ 写真は、カメラの設定を間違えてしまったため明るさの補正を行っています。

参考記事:
貨物鉄道博物館 (2006/8/16)

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2007/10/08

NHK放送博物館

愛宕神社の隣にあるNHK放送博物館に入場する。
建物の後ろには、東京タワーが見える。
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NHKの前身の1つである「東京放送局」(当時はラジオ放送のみ)が1925年(大正14年)3月から東京芝浦の仮放送局で試験放送を開始、同年7月から愛宕山のこの場所で本放送が開始された。
1939年(昭和14年)に内幸町に移転するまでこの愛宕山の施設が使用されたとの事。
現在の建物は開局時の建物ではなく、後に建て替えられたようだ。
館内には、当時の建物の模型等も展示されていた。

中2Fには「放送体験スタジオ」があり、テレビカメラを動かしたり、スタジオで原稿を読んだりする事が出来る。人が少なかったので少し触ってみたが、なかなか面白い。

1F~2Fは「放送の歴史」を紹介するコーナー。
開局当時からのラジオ・テレビの放送施設(マイク・テレビカメラ等)、ラジオ・テレビ受信機の移り変わりをテーマに、その当時の本物の機械が展示されている。
当時の放送の一部を見たり聴けるようにもなっており、第2次世界大戦の終戦詔書を天皇陛下が朗読した玉音放送の音声も再生できる。
玉音放送は生放送で行われたものと思っていたのですが、前日収録した録音だったとの事。レコード盤? に録音しており、その時に使用した機器が展示されていた。
テレビ放送開始前には、テレビ放送のPRを行うために、テレビ放送の機器を載せた国鉄の客車を改造した車両(名前失念)やバスが全国を行脚したそうだ。
自分が知らなかったことも多く、とても見た甲斐があった。

1~2Fで長々と観てしまった為時間がなくなり、3F以上は急ぎ足で見ざるをえなくなった。

3Fは「放送が伝えられるもの」のコーナー。
2Fの展示とやや被る内容もある。
昔の番組のコーナーでは、「ひょっこりひょうたん島」「できるかな」「おかあさんといっしょ」「みんなの歌」のコーナーがあり、その当時の番組が放送されていた。
自分が子供の頃の番組で、懐かしい。時間があればゆっくりと見たいところだった。
その他、昔のテレビカメラがずらりと並んでいるコーナーもあって圧巻であった。

4Fは「放送文化記念コーナー」「特別展示」と「放送ライブラリー」のコーナー。
特別展示では、大河ドラマと紅白歌合戦の展示が行われていた。
「紅白歌合戦の展示」では、去年の紅白歌合戦の展示で、台本等の資料の他、出演者全員それぞれの「サイン色紙」(メッセージ付き)が並べられていた。
ああやってずらりと並べてみるとそれぞれ個性があるのだなぁと思った。問題になったDJ OZMAの色紙も飾られており、「あそこがでちゃったらごめんね。」って....(苦笑)。
あと、平原綾香さんが着た衣装も展示。一瞬小林幸子さんの衣装かと思ったが違った。ま、当たり前か。小林幸子さんの衣装は部屋に入りきらないですね...! 展示されている場所は、普通の高さの部屋でした。

中2階にあった「藤山一郎作曲ルーム」の展示で知ったことだが、紅白歌合戦に出演すると、一人一人に記念のトロフィーが送られるとの事。藤山一郎さんに送られたトロフィーがずらりと展示されていた。
結構大きなトロフィーで、トロフィー作成にもお金がかかり、我々の受信料がこんな所で.... とも思ったが。
広末涼子さんも1997年紅白歌合戦に出演されている。という事は、広末さんも紅白歌合戦のトロフィーを持っているという事になるのか。

NHK放送博物館は、愛宕神社の急な階段を登らなくても、愛宕山トンネルの入口にある「愛宕山エレベータ」で行く事が可能です。
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2007/07/21

江戸東京博物館 (2) 常設展他

「大鉄道博覧会」を見た後、江戸東京博物館の2Fにある「レストラン モア」で昼食を食べる。
午後2時だというのに食券売り場にはなかなか前に進まない列が。
食券売り場で食券を買い、席に就く。
あちこちに空席のテーブルがある。
普段は客が少なく、多客時の運用体制が出来ていないのかもしれないけど、効率の悪さを感じる。
..外から見た感じだと、1Fのレストランもそんな感じだった。

3Fから高低差のあるやたらと長いエスカレータに乗って、5Fにある常設展に向かう。
ここ数年、高低差のあるエスカレータに乗るのが怖い。特に下り。
高所恐怖症というわけではないと自分では思っているのだが。展望台等に行くのは特に支障はない。
そう言えば子供の頃は、下りのエスカレータに怖くて1人で乗れなかった。
エスカレータの途中で、後ろと振り向く。
振り向かなければ良かった。怖くなってきた。半ばエスカレータの手摺にしがみつくような感じで上まで登った。

歩き疲れてしまったのか足が痛く、常設展はほどほどに見学。
かなり昔ではあるが、常設展は以前見学した事がある。
その時は、東京に遊びに来ていた両親と一緒に行ったのだった。

常設展の見学を終了。
かなり迷ったのだが、嫌な予感がしたのでエスカレータではなく、エレベータに乗って下に降りて来てしまった。

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2007/07/20

江戸東京博物館 (1) 大鉄道博覧会

7月16日、東京・両国の江戸東京博物館で開催されている「大鉄道博覧会」に行った。

「大鉄道博覧会」は江戸東京博物館の1Fにある企画展示室で開催。
両国駅を降り、江戸東京博物館の1Fに入る。
チケット売り場には長い列が出来ていた...。あぁこんなに人気があったのか。
先に昼食にしようかとうろうろしたが、混雑していたので食事は後回しにし、先に「大鉄道博覧会」を見ることにする。
チケット売り場に並ぶ...。うぅむ..販売効率が悪いんだな。自販機は設置されておらず、係員による販売。係員はパソコンを操作して発売する券の種類を選び、1枚1枚チケットを販売している。
常設展共通券・一般 1520円を購入。

「大鉄道博覧会」に入場する。

自分的にヒットしたのは、「集団就職の様子」と「盆・年末年始の帰省列車の様子」。

「集団就職の様子」の展示によると、中卒で主に東北から上京してきた人達は、6畳の部屋に6人暮らし、労働時間も長く、給料も当時の平均的な月給の半分以下と、過酷な労働環境だったそうだ。
そう考えると、映画「ALWAYS 3丁目の夕日」で出てきた六ちゃんなんて、まだまだずいぶんと幸せな環境だったんだなぁと思った。
あの六ちゃんの環境でさえ、「自分には耐えられないかも」と思った。
その当時は、都会の人は優雅な労働環境の職に就き、地方から出てきた集団就職の人は過酷な労働環境の職に就くという構図があったらしい。
ここ最近、正社員と非正社員(派遣社員等)の「格差」の問題を新聞記事等でよく見かける。形は違うが、昔も「格差」はあったんだなぁと思った。

「盆・年末年始の帰省列車の様子」の展示によると、昔は故郷に向かう夜行列車に乗るために早くから並び、上野駅ではそれらの人の待機場所として、東京文化会館の前に特設の「テント村」が開設されていたそうだ。
今も帰省ラッシュはあるが、今では考えられない風景だった。
自分の帰省先は東北ではなく、夜行で帰るような距離ではないから比較は出来ないのだが、今はせっせと混雑している新幹線に次々と乗り込んでいくといった風景だ。

あまり目立たない場所であったが、「つばめ展望デッキ」の傍に張ってあった、昔の鉄道ニュース(名称失念)の記事もよかった。湘南電車(昔の80系)や、151系「こだま」のデビュー時の記事等が載っている。

入場料がやや高く、大規模な展示会ではなかったが、自分的には結構良かった。
所要時間は約1時間。
家族連れや鉄道ファンらしき男性が中心の客層ではあったが、1人できているお年を召した男性が結構いたのが意外であった。

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2007/07/10

東京国立博物館

7/7、東京・上野の東京藝術大学大学美術館で開催されたJR東日本展を見学した後、上野駅までの帰り道の途中にある「東京国立博物館」に行った。

東京国立博物館の前を通り過ぎた事は何度もあるが、中に入ったのは初めてだ。
いつも門の前に長蛇の列が出来ていた出来ていた記憶があるが、この日は特別展が開催されておらず、閑散としていた。
客は、親子連れ・家族連れやカップルの人は少なく、一人で来ている人が比較的多かった。大学生ぐらいの女性1人の人が意外といた。他の博物館(例えば同じ上野にある国立科学博物館)とずいぶん客層が違うなぁ..と思った。
外国人の人も多かった。

この手の分野にはあまり詳しくなく、じっくり鑑賞して感心するといったわけではなかったが、全てを回るのに3時間程度かかってしまった。見落とした所があるのかもしれないが...。

本館:
日本の物を展示。2階建て。
自分が特に目を引いたのは下記の2展。
・特別展示されていた「遊び道具(金属で出来たくねくねする動物のおもちゃ、かるた、すごろく)」。江戸時代のもののようで、こんなに昔からこんなものがあったのかと、驚いた。
・「保存と修理」のコーナー。

平成館:
2階建て。
1Fの半分は日本の考古学(埴輪等)の展示。埴輪がずらりと並んでいた。
もう半分はホールで休憩コーナーもあり。
2階は特別展用のスペース。2階に勝手に上がっていかないように、階段・エスカレータの前で職員の人が立って見張っていた。1日中立っているのかな? 大変だなぁ。

表慶館:
2階立てであるが1階のみ公開。
PR館見たいな感じで使われており、実質的な展示はなし。

法隆寺宝物館:
明治時代に法隆寺から皇室に献納され、現在国が所有するものを展示。2階建て。
広々と展示物が展示されており、建物も豪華だ。いったいいくらかかったのだろう!... と思った。

東洋館:
アジアの物を展示。3階建てだが中2F・中3Fがあり、下から順番に階段を上がって回遊していく形になっている。バリアフリーという店では問題だと思うが、見やすい配置だと思った。
エジプトの「ミイラ」が最も印象深かった。
なんだろう。日本の展示物は学生時代に習った歴史の教科書や資料集、他の博物館でも見た記憶があるようなものが多いが、日本以外の展示物はあまり見た記憶のないものが多い。
国立博物館の趣旨から外れる分野なのではないかと思われるが、日本のものよりも興味深く見てしまった。

・左:正門、右:本館
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・左:法隆寺宝物館、右:黒門(法隆寺宝物館の前から撮影)
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2007/07/08

「企業のデザイン展」JR東日本展

7/7七夕の日、東京・上野の東京藝術大学大学美術館 陳列館で行われている『第2回「企業のデザイン展」JR東日本展 - 鉄道のデザイン~過去から現代・未来へ~』に行って来た。
この展示会の入場は無料。

大学美術館には到着したものの、陳列館の場所を通り過ぎてミュージアムショップまで行き、ミュージアムショップの中で展示場所を探してしまった。

陳列館の入口では、パンフレットの他、「普通入場券 陳列館前駅 料金0円」と書かれた切符(硬券ではない)が置かれており、印字機を通して日付を封印し、パンチを入れることが出来る。
で...、家に帰って切符を確認したら、「19.-7.-1.」と封印されていた..。あれ?

展示は1Fと2Fに分かれていた。
1F: 昔の展示(切符、ポスター、駅弁の掛紙等)と2007年10月オープン予定の鉄道博物館に関する展示
2F: 現在の展示(Suica、駅舎、鉄道車両、駅等の案内板等)

1Fの「DISCOVER JAPAN」(国鉄が1970年から始めたキャンペーン)のポスターは見入ってしまった。
日本の風景の写した写真が1枚大きく印刷しており、それに一言言葉が付く。この言葉は特定の商品に対する直接的な宣伝文句ではなく、「日本と旅してみませんか」のような何気ないもの。
今から35年以上前に、こういったタイプの広告があったのかと、驚いた。
「DISOVER JAPAN」は、現在も存在する女性誌「anan」や「ノンノ」とのタイアップもあったとの事。「anan」や「ノンノ」ってそんな昔からあったのかと、そういう点でも驚いた。

「鉄道博物館」の展示では、貴賓車等の車両搬入作業の写真がパネルで紹介されていた。鉄道博物館の現在の内部の様子を写した写真もあり。
良いものを見させていただいた。
車両の重要度(重要度ではなくて古さかな?)によって運搬時の梱包の仕方が異なるのだなぁと思った。

この「JR東日本展」、東京藝術大学大学美術館での開催は7/17まで。7/24からは新橋の「旧新橋停車場 鉄道歴史展示室」に場所を移して開催されるとの事。
新橋の鉄道歴史展示室は、今回展示が行われた東京藝術大学大学美術館陳列館の半分強の広さなのではないかと思われた。
展示物を詰めて配置すれば、同じ量の展示物を新橋の鉄道歴史展示室でも展示できそうではあったが、どうなるのだろう...。

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2007/06/02

鉄道博物館 建設現場

JRおおみや鉄道ふれあいフェア2007に行った後、鉄道博物館の建設現場に寄ってみた。
大宮駅から埼玉新都市交通(ニューシャトル)に乗って「大成駅」で下車。

大成駅では、鉄道博物館の開業に向けて改良工事中であった。
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大成駅を出る。
大成駅側からは建設現場はほとんど見えない。
東北本線・高崎線の車内か、線路の反対側まで回らないと駄目そうだ。
反対側まで歩いて行くのは遠そうだったので止めた。
収蔵車両が置かれていないかなぁとも思ったが、かろうじてクハ485のボンネット車らしきものが1両見えただけだった。

大成駅の大宮方面のホームからは見る事が出きるかな? と思ったが、ホームの線路と反対側が工事用の鉄板で覆われていて外が見えなかった。
残念。
かろうじて見られたのは、ホームの端から大宮方面。
左に少し写っている建物は鉄道博物館の建物。
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2007/04/29

大回顧展モネ 印象派の巨匠、その遺産

ヴィーナスフォートで昼食を食べた後、「国立新美術館」に移動。
「青海-(ゆりかもめ)→豊洲駅-(東京メトロ有楽町線)→有楽町駅-(徒歩)→日比谷駅-(東京メトロ千代田線)→乃木坂駅」と移動したが、こう何回も乗り換えする時はPASMOは便利だなぁと思った。有楽町駅→日比谷駅の徒歩は遠かったなぁ~。

国立新美術館では「邦人(エトランジェ)たちのパリ 1900-2005 ポンピドー・センター所蔵作品展」、「大回顧展モネ 印象派の巨匠、その遺産」といくつかの公募展が開催されており、その内「大回顧展モネ 印象派の巨匠、その遺産」を見た。

モネの事、よく知らない...というか名前しか知らないのだが、良かったなぁ。

そう言えば、美術館に入ったのは、六本木ヒルズの森美術館を除くとはじめてかも。
森美術館は積極的に行ったわけではなく、展望台に行ったときに森美術館とのセット券しか売ってないから、しかたなく入場したようなものだったし。
博物館は数え切れないほど行っているのだが。
これからは美術館にも行ってみようかな。

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2007/04/28

ノマディック美術館

4/22、所用で東京に来ていた妹と「ノマディック美術館 Ashes and Snow」に行った。

ノマディック美術館は、お台場の東京テレポート駅前で3/11~6/24の期間限定で特設されている美術館。
グレゴリー・コンベール氏による人間と動物のふれあいを撮影した写真や映像が展示されいる。美術館と名前が付いているが、「絵」は展示されていなかった。
建物は、コンテナを積み上げて作られている。
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この日のお台場は強風。コンテナは1段おきに斜めに積まれており、その間にはテントが張ってある。屋根もテントだったかな? 強風でそのテントがはためいており、建物の中はものすごく音がする。風で揺れている展示物もある。
コンテナは同じ大きさのコンテナを真上に積み上げていくのが正規の積み方と思われ、ノマディック美術館のような斜めの詰み方は正規ではないと思われる。不安定な状態になっており、強風でコンテナが倒れてくるのではないかと怖かった。

ノマディック美術館の写真や映像、なんだか不思議な感じだった。
にわかに信じられない動物と人間のふれあい。
CGなのかと思ったが、そういうわけではないようだ。
テレビ等で自分が知っている「自然の風景」といった感じではない。自分が知らない世界では、このような人間と動物のふれあいを行っている国があるのだろうか。或いは作られた人間と動物のふれあいなのだろうか。
どうやって撮影したのだろう?? 出てくる人間は現地の人なのだろうか。それともどこからか連れてきたプロのモデルの人なのだろうか...。と、ややひねくれた事も考えてしまった。

会場を出るとミュージアムショップがあり、ポストカードや写真集、その他グッズが売っている。ポストカードや写真集は見本が置かれている。
美術館で展示されている巨大な写真よりも、ポストカードや写真集の普通サイズの写真をじっくり見た方が綺麗に見えた。そういうも