カテゴリー「博物館・美術館」の113件の記事

2009/10/18

日本を明るくした男たち展 (国立科学博物館)

10月11日、上野の国立科学博物館で開かれている企画展「日本の科学者技術者展シリーズ 第8回 日本を明るくした男たち -近代化を支えた電気のエンジニア-」に行きました。
電気学会の後援で、東芝が主に協力しています。
通常の入館料で見学可能で、11月29日までの開催。

電灯の歴史や、創成期に日本の電気の発展に貢献した偉人に関する展示が中心です。
その他、1890年に上野公園で開かれた内国勧業博覧会で日本で初めて電車を走らせた時の事等が展示されていました。

一応電気科卒業の自分としては、これが結構良かったです。
電灯の事がよく解りました。

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・アーク灯点灯実演
初期の電灯です。日に何回か実演されます(実演されるのは当時のものではありません)
写真では分かりませんが、蛍光灯が切れかけた時のようにちかちかと点滅していました。
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・東海道新幹線のモーター
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地球館の常設展示にも関連する展示があるよ... との事なので寄ってきました。

・エジソンダイナモ
エジソンが開発した直流発電機で、明治20年から東京電燈で使用されていたものとの事。
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・ブラッシュ単相交流発電機
明治20年代から東京電燈で使用されていたものとの事。
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2009/10/17

黄金の都シカン展 (国立科学博物館)

10月11日、上野の国立科学博物館で開かれている特別展「黄金の都シカン展」に行きました。
この特別展は10月12日まで、前から行こうと思っていたのですが結局終了2日前となりました。

「シカン」と言うのは、750~1350年頃に南米・ペルーの北海岸で栄えた文化で、南イリノイ大学教授の島田教授によって名付けられたとの事。
外国の研究者によって自分達の過去の歴史について名付けられしまうというのはある意味屈辱的のような気がしたのですが、現地の人達によってその頃の歴史の事は何にも残されていないんですかね。
日本では奈良時代~鎌倉時代に当たり、文典等によって当時の歴史が現在に受け継がれている時代なのではないかと思います。
その当時の墓の発掘調査を行っているようですが、シカンの墓 ≒ 日本の古墳 のように感じました。古墳が作られたのは日本ではそれよりももっと昔の時代ですよね。

展示は、発掘された墓に埋蔵されていた副葬品が中心でした。
特に、動物等の形に模られた土器が多く、印象的でした。
その他金属で作られた「仮面」も印象的でした。

「3Dシアターナチュナル」
メガネをかけて見る3Dシアターです。
3Dシアターってずいぶん久しぶりに見たような気がします。前回見たのがいつだったか思い出せないのですが、確実に覚えているのは1985年の「つくば万博」。それ以来という事はさすがにないとは思うのですが。
3Dにする必要性はあまり高くなかったような気はしました。

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2009/10/12

秩父鉄道 (3) 秩父鉄道車両公園

三峰口駅の駅構内?にある「秩父鉄道車両公園」に行きました。
秩父鉄道でかつて活躍された車両が展示されています。

三峰口駅のホームからは間近に見えるのですが、駅舎と反対側で、駅構内外れのやや離れた所にある踏切を渡っていかないと公園には行けません。駅から意外と距離があります。10分ぐらいかかるものと思って行動した方が無難かもしれません。
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<貨車>
・ワキ800形
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・テキ100形
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・スム4000形
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・トキ500形
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<緩急車>
・ヨ15形
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・ワム51形
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<電車>
・デハ100形 + クハニ20形
左の写真:デハ100形、右の写真:クハニ20形
1950年の登場で1988年に廃車。
他のHPによると以前は車内が公開され、展示室になっていたようですが、自分が行った時は公開されていませんでした。
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<機関車>
・デキ1形
1922年の登場でアメリカのウェスティングハウス・エレクトリック製。1988年廃車。
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・ED38形
1930年の登場で、阪和電気鉄道(現JR阪和線)ロコ1000形→国鉄ED38形→秩父鉄道と辿り、1988年に廃車。
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<転車台>
現在でもSLの転車に使用されているようです。
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2009/09/27

佐久間レールパーク (6) 佐久間ドロップ

土産品として「佐久間レールパーク」の絵が入った「サクマドロップ」が売っていました。

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サクマ製菓 製です。
「同じ佐久間だ!」という事で作ったんでしょうね。
値段は500円で、中身はおそらく通常のサクマドロップと同じです。
自分的には「缶入りドロップ」自体がなんだか懐かしいです。

(完)

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2009/09/26

佐久間レールパーク (5) 中部天竜駅近くのつり橋

帰る前に、中部天竜駅の周辺を散歩してみました。
すぐ近くに天竜川が流れており、つり橋が架かっています。「中部橋」という名前です。

・別の橋(中部大橋)から見たつり橋
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・つり橋上から
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・つり橋の入口 (中部天竜駅側)
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怖いかな? と思っていたのですが、床が隙間のない鉄製で、ある程度高さがある柵が付いているので怖くはなかったです。
橋の上を歩いている状態では気づかなかったのですが、橋の上で立ち止まると若干揺れているのがわかりました。

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佐久間レールパーク (4) 車両以外の展示

<野外>
・腕木式信号機 他 (第1展示室入口前)
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・ヘッドマーク (第2展示室入口付近)
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<第1展示室>
・飯田線各駅の旧駅名票
昔使用されていたものを思われる駅名票が豊橋駅から順にずらっと並んでいます。
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・運転シミュレータとして使用されている車両先頭部
他のサイトで調べた所、クハ66形との事。(自分は165系かと思っていました)
運転シミュレータの画面として使用されている液晶テレビの裏面とそれを留めているガムテープが思いっきり見えている所がちょっと... と思いました。
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・駅長室のモチーフ
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・かつてこの場所にあった中部天竜機関区の看板
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・キハ80系で使用されていたものと思われるヘッドマーク
トイレ前にありました。
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その他、行先板、外国製も含めたレール、記念切符、マルス、写真 等いろいろ展示されていました。
閉園後のこれらの処遇が気になりました。これらもJR東海博物館に移されるのでしょうか?

<第2展示室>
存在に気づかずに見逃してしまう所でした。
木で作った模型が特別展示されていました。
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・信号操作盤と急行「伊那路」のヘッドマーク
信号操作盤は中部天竜駅でかつて使用されていたもののようです。
この信号操作盤から判断すると、現在車両展示が行われている線路はかつては電留線でした。
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<2F>
プラレールが展示されていました。JR東海管内の各地がモチーフになっています。
電池交換が面倒なのか、動いていない車両が多かったです。
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その他、別棟に図書コーナーがありました。

「佐久間レールパーク」、なかなか見ごたえがありました。
閉園する前に来て良かったと思います。
滞在時間は、昼食時間も含めて2時間強でした。

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佐久間レールパーク (3) 車両展示

「佐久間レールパーク」に入場します。
まずは車両展示へ。
電車4両、気動車2両、客車6両、貨車2両、電気機関車2両と、新幹線の先頭部1両の合計17両が展示されています。
この日はゲストとして除雪車も来ていました。

<電車>
・111系 (クハ111)
クハ111のトップナンバー(クハ111-1)です。
車内も公開されていました。
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・クモハ12
両運転台車で前後で顔に相違があります。元は片運転台車で途中で両運転台車に改造されたようです。
こちらも車内が公開されていました。
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・クヤ165
教習車です。元サハシ153の半室のビュッフェ車で、すしコーナーが設置されてたようです。ビュッフェあった所は他の部分よりも窓の位置が高いです。
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・52系 (クモハ52)
京阪神地区の急行用として開発された流線型の車両で、その後飯田線等に転用されて使用されていました。
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<気動車>
・キハ181系 (キハ181)
トップナンバー(キハ181-1)です。
登場当時は中央線の特急「しなの」に使用されました。展示されているトップナンバーは最後はJR四国で使用され、廃車後JR東海に譲渡されたようです。
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・キハ11形 (旧形式名キハ48000)
キハ10系の寒冷地向けで、最後は茨城交通で使用されていたようです。
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<客車>
・オヤ31形
建築限界測定車です。拡げる事が出来る矢羽根が付いており、矢羽根が建造物等に触れるとNGという事になるようです。
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・オハフ33形
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・オハ35形
弁当と記念入場整理券を買った人だけが入れる休憩用車両として使用されていました。
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・オロネ10形
2等寝台車です。オヤ10形に改造されていたため、寝台施設は残っていないようです。
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・スニ30形
荷物車です。
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<貨車>
・ソ80形 + チキ6000形
事故救援用操重車とその控車です。大きなクレーンが載っています。
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<電気機関車>
・ED11形
アメリカのGE(ゼネラルエレクトリックス社)製の機関車です。1923年に東海道本線電化用として輸入されたとの事。
アメリカ製の機関車がいた事は知りませんでした。
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・ED62形
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<新幹線>
・0系先頭部分
中にも入れます。
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<除雪車>
・DE15形
ゲストとして来ていました。現役の車両です。
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機関車本体とラッセル部分の連結部分
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<お立ち台>
お立ち台から撮影した写真。
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2009/09/24

佐久間レールパーク (2) 中部天竜駅

中部天竜駅に到着しました。

・中部天竜駅から見た「佐久間レールパーク」
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・駅構内に停まっていたマイクロバス
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・「佐久間レールパーク」の入口
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・中部天竜駅に到着した119系オリジナル色
「佐久間レールパーク」に入場した後、しばらくすると新城駅で追い抜いたツアー客の119系オリジナル色が到着しました。
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・117系オリジナル色 (快速・佐久間レールパーク号)
辰野側と豊橋側でヘッドマークが異なりました。
左の写真: 側線に停車中の117系 (辰野側)
右の写真: 帰りの117系が発車した所 (豊橋側)
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佐久間レールパーク (1) 現地まで

9月19日、静岡県浜松市にある「佐久間レールパーク」に行って来ました。

浜松市と言っても山の中です。元は佐久間町で市町村合併で浜松市に編入されました。
関東地方から行く場合の一般的な行き方は、浜松駅を通り過ぎて隣の愛知県の豊橋駅で飯田線に乗り換え、再び静岡県浜松市に入って中部天竜駅で下車という形になります。豊橋から中部天竜まで特急でも1時間10分程度かかります。

佐久間レールパークはJR東海による運営で、11月1日に閉館予定です。展示されている車両の多くは2011年開館予定のJR東海博物館に移される予定です。

豊橋駅から特急「伊那路1号」(10:08発)に乗る事とします。
本当は接続する「ひかり」に新横浜駅から乗車するつもりでいたのですが、「伊那路1号」の指定席が満席であり「立つ事になったら嫌だな」と思ってその1本前に到着する「こだま」(新横浜7:46発)に乗車しました。

・119系デビュー色 (豊橋駅)
豊橋駅に到着すると、JR東海ツアーズの旗を持った人が待ち構えていました。『「佐久間レールパーク」と木製電車「モハ1」見学ツアー』のようです。 「伊那路1号」の少し前に豊橋駅を発車していきました。
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・特急「伊那路1号」 (豊橋駅)
373系3両編成。自由席には立っている人がいました。接続する「ひかり」で来ていたら座れなかったかもしれません。
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・佐久間レールパークすしべんとう
豊橋駅で購入。他に「佐久間レールパーク幕の内弁当」等が売っていました。
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・新城駅で119系デビュー色を追い越し
新城駅で、先行して発車したツアー客を乗せた119系デビュー色を追い越しました。
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豊橋から約1時間10分で中部天竜駅に到着。
大半の客が降りるのかと予想していたのですが、そういうわけではなくさらにその先に行く人の方が多かったです。

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2009/09/23

海外移住資料館

9月13日、「かいれい」「かいよう」の一般公開を見学した後、少し時間があったのでその近くにある「海外移住資料館」に行って来ました。
「アマゾン~」展という文字を見かけて若干興味が沸きました。

この施設、あるのは知っていましたが行くのを避けていました。
なぜかというと「海外移住をする気がこれっぽっちもないから」です。また、「海外移住を推進する団体に関わる事」自体にも抵抗感がありました。
ところが.... 行ってみて、
「この施設に対して大いなる勘違いをしていた事」
に気づきました。
 誤: 現在海外に移住を希望している人のための資料の展示&相談所
 正: 海外移住の歴史を展示している博物館

主たる展示範囲は下記の通りです。
(1) 1886年に海外渡航禁止令が解かれた後のハワイへの出稼ぎ
(2) アメリカへの拡大
(3) アメリカ住民(企業ではない)による移民への反対運動加熱 → やむなく移民制限 → 禁止
(4) 移民先が南米中心となる
(5) 日本の経済発展による移民の終焉

知らなかった事が多くて考えさせられました。

(1)の時代は日本の物価がハワイよりも低く、ハワイ側から見たら低賃金労働者でも日本側から見たらその値段は高給。出稼ぎで大金を稼いで戻ってきたり日本の家族に仕送りしたりしていたようです。
今の時代の、外国人が日本に出稼ぎに来る状況と似ていませんか?

(3)の現地住民による移民への反対、ゆくゆくは日本でも十分ありえる事ではないでしょうか?
経団連等によって提唱されている移民受け入れ拡大政策が実施されたりすると特にその可能性が高い。

「国を変えて歴史は繰り返す」
そんな風に思いました。

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2009/09/15

Y150に行ってきた (3) トゥモローパーク

「トゥモローパーク」会場です。

<「トゥモローパーク」会場のゲート>
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<アースバルーン「HOME」>
夜だけの催しです。
アルバルーンに5分間の映像作品「HOME」が映されます。
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意味はよく良く分かりませんでした。
単に地球を映して自転させているだけでも良かったような気がします。

見学場所の後ろに建物が立っており、この建物の2Fからアルバルーンに対して映写しているようです。
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<未来シアター「BATON」>
3章構成の内、現在は2章と3章を上映中。自分は時間関係で3章のみ見ました。
鉄腕アトムみたいな感じのビジョンなんでしょうか。ロボットの世界が広まり、ロボット自身が恋が出来るロボットを開発する、そしてロボット同士の戦争が始まる.. という。
最初の方は理解できたのですが、何だかよく分からない人物が出てきてよく分からない感じで話がまとめられてしまいました。
3章だけ見ても... というのは確かなのではないかと思いました。

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以上で、Y150のレポートは終了です。

<おまけ: みなとみらいの夜景>
夕暮れに近い時間帯(18時半頃)です。万国橋から撮影しました。
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(完)

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Y150に行ってきた (2) NISSAN Y150ドリームフロント&スーパーハイビジョンシアター

続いて「NISSAN Y150ドリームフロント&スーパーハイビジョンシアター」会場へ。

<「NISSAN Y150ドリームフロント&スーパーハイビジョンシアター」会場のゲート>
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「エントランス展示 → スーパーハイビジョンシアター → PIVO LAB. → コトバパーク」と順番に見ていく形式になっています。一部分のみを見る事はできません。
この日は30分毎の上映でした。

<エントランス展示>
エントランスの半分が「並ぶ所」、もう半分が宇宙航空研究開発機構(JAXA)等による展示や休憩コーナーになっていました。
パンフレットのイラストや会場内の一部の案内図ではエントランス全体が「並ぶ所」になっています。入場客が少ないので「並ぶ所」の必要性がなくなり、入場者増加策の1つとして後から展示コーナーを設けたといった所なのでしょうか。Y150のHPにあるニュースのページによると、JAXAの展示は8月1日に開設されたようです。

JAXAの展示の中の「再使用型ロケット」に興味が沸きました。
再使用するのはロケットの下に付いている発射後しばらくしたら切り離す動力部分です。「どうやって再利用するのだろう? 海に落ちたロケットを拾ってくるのかな?」と疑問。
答えは「切り離した後自分で戻ってきて着陸する」との事。

左の写真: 再使用型ロケットの実験機 (左は実機の中身、右は模型)
右の写真: 宇宙服
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もうちょっとゆっくりと見たい所でしたが、次の「スーパーハイビジョンシアター」の上映時間が近づいたためそちらに移動。

<スーパーハイビジョンシアター>
10分間の映像が2本上映されました。
環境映像みたいな感じの作品で、横浜は特に関係ありません。
「横浜の風景集」だったら良かったのになと思いました。

<PIVO LAB.>
日産自動車の電気自動車のコンセプトカー「PIVO2」が真ん中に置かれています。
客はその周りに置かれているダンボールで作られた椅子に座り、天井からぶら下がっている液晶画面に写る映像を見ます。
映像は、まぁ言ってみれば「日産自動車は2010年に電気自動車を発売します。こんなにエコに良いですよ。」という宣伝です。
真ん中に置かれている「PIVO2」は最後に運転席が180度回転するだけです。
「PIVO2」の他に、1947年に発売されたという電気自動車「たま」、1999年に発売された「Hyper Mini」も隅に置かれていました。

・PIVO2
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・たま
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・Hyper Mini
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<コトバパーク>
「思いやりの言葉」を紙に書いてバルーンの中に入れるというコーナーでした。
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左の写真に写っている筒みたいな感じの所に白い部分に差込口がいくつかあり、紙を入れると風圧でバルーン内に舞い上がっていきます。
バルーン内の紙の数からから判断すると、紙は毎日回収しているようです。どうやって回収するのかよく分かりませんが。

・NUVU
2008年にどこだったかの展覧会に出品されたコンセプトカーとの事。
3人乗りで、運転席側に1席、助手席側に2席。前後方向が運転席側と助手席側でずらして配置されています。なかなか良いアイデアなのではないかと思いました。
実際に発売する場合、シートベルトはどうするのかな (助手席側の前の席は横が扉の途中になっているので一般的なシートベルトは取り付けられない) という疑問がありましたた。展示されていた車にはシートベルトらしきものは付いていませんでした。
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2009/09/14

Y150に行ってきた (1) はじまりの森

9月11日の夜、仕事帰りに「Y150」に行って来ました。
もっと早く行くつもりでいましたが、結局終了2週間前のこの時期になってしまいました。
※ Y150は9月27日までです。

「全然人がいなかった! つまらなかった!」
という事になるであろうと予想して行ったのですが、実際には
「結構人がいた! それなりに楽しめた...」
でした。

人が結構いたのは意外。
日産のパビリオンとかは10人ぐらい..場合によっては1人で見る事になってしまうのではないかとドキドキしていたのですが、客席の半分程度は埋まっていました。終了2週間前なので駆け込み需要があったのかな?
また、お年寄りや、夏休みでもないのに親子連れが結構いました。親子連れがいたのは金曜日だったからなのでしょうか。

18時半頃入場し、終園の22時間近まで会場にいました。
3時間半、会場内で夕食を食べたので実質3時間程度でしょうか。
さすがに3時間で廻るのはハードで、「ENEOS未来のエネルギー館」は時間の関係上入れませんでした。

まずは「はじまりの森」会場へ。

<「はじまりの森」会場のゲート>
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「祝 300万人達成」の横断幕...。
ん...と...。本当は70万ぐらいなんだろ...、有料エリアの入場者は。
有料エリアだけで目標500万人だったはずなのに、無料エリアも含めた数で300万人達成と発表を行い、横断幕まで作って掲げるとは。
「どうなの?」と思いました。

<黒船レストラン>
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有料エリア内唯一の飲食店です。
「KIRINベイサイドデリ」と「チャイナタウンデリ」が出展していたのですが、「チャイナタウンデリ」の方は途中で撤退してしまいました。
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「横浜開国バーガー」にしようかと思ったのですが単品で800円という値段に躊躇し、結局「牛鍋開花うどん」を食べました。こっちも800円するので、それを考えるとどっちを食べても同じだったかな。牛肉が少々硬かったです。
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<ラ・マシン>
Y150の一番の目玉「ラ・マシン」です。
夜であり自分のカメラ撮影技術できちんと写っている写真がほとんどなく...。

19時となり、「ラ・マシン」のエンジンがかかってパフォーマンスが開始されました。
近くで見るとそれなりに音がします。
ショベル蜘蛛の足が動く時は、工事現場の重機と同じような音がしました。
バケットに相当する部分にはバネの付いた足が付いています。操作の上手い下手というのがあるのか、地面に足を着ける時に不快な衝撃音が発生している足もありました。

パフォーマンスそのものよりも、「これはどういう仕組みで動いているのか」という事に興味を持ってしましました。
後ろに、動力部分と思われる大きなユニットが付いていましたが、もう暗くなっているのでよく分かりませんでした。

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<横浜ものがたり>
横浜の歴史を紹介するパビリオンです。
あまり大きくはないです。
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・横浜開港劇場
コロッケさんが横浜に関係する何人かの偉人に扮する15分程度の映像が流されていました。
これが意外と良かったです。
NHKエンタープライズの製作でした。

劇中、救急車と消防車のサイレンの音がして「未来の乗り物は怖い」みたいな台詞が流れました。
しばらくすると、すぐ横の道路を実物の救急車と消防車がサイレンを鳴らして通り過ぎていきました。
サイレンの音は、映像から流れていた音ではなく、実際の音だった模様。
タイミングが良すぎです。

・年表コーナー
汽車の模型を押すと汽笛が鳴ります。
汽車の他に、市電、一般の電車 がありました。
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・ボードコーナー?
所々に設けてあるボタンを押す等すると説明が流れます。
それなりにためになりました。
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2009/09/06

トリノ・エジプト展

9月5日、東京・上野の東京都美術館で開かれている「トリノ・エジプト展」に行ってきました。

東京都美術館に行くのは初めてです。
東京都美術館には常設展がなく、企画展や公募展専門の美術館である事は知りませんでした。企画展を見た後、常設展の絵でも見てこようかなと思っていたんですよ...。

見に来ている人が多かったです。自分が入った時は入場待ちはありませんでしたが、出てきた時には入場待ちの列が出来ていました。

「トリノ・エジプト展」は、イタリアのトリノにある「トリノ・エジプト博物館」の収集品を展示する展覧会との事。
エジプト神話関連の彫像・小物、棺桶とその副葬品 の展示が中心です。

自分的に印象的だったのは棺桶の蓋でした。
当初は蓋に絵が彫られていたものの、盗掘による被害が増えてその対策としてだんだんシンプルになっていた事。なんだか悲しい感じがしました。

この手の展示を見ていつも思うのは、「本当の意味で楽しめていない」事です。
自分は理系希望だったので、高校の頃の歴史、特に世界史はあまり真剣には勉強しておらず、よく知らなかったりします。
「学生時代の勉強が足りなかったかな」と、こういう展示を見るといつも思ってしまいます。

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2009/09/03

放送ライブラリー「ATOM展」

8月30日、横浜情報文化センター内の放送ライブラリーで開かれている「手塚治虫生誕80周年記念 ATOM展 ~アトム 世界、そして未来へ~」を見に行って来ました。
「ATOM」は「鉄腕アトム」の事です。

「横浜開港150周年記念」という副題が付いていました。
 > 2009年、世界規模となったATOMの姿・・・開港150周年を迎え、
 > 未来都市を目指して、世界へ出航していこうとする、横浜の姿とも重なります。
との事。強引以外の何者でもないと思うのですが...。

自分が知らなかった事も分かり、良かったです。
実は、別の用事でその近くに行っており、その時にこの展覧会が開催されているのを見つけて見て来たというのが正確です。別の用事で行かなければこのような企画展が開かれている事に気づかなかったと思います。そういう意味で幸運でした。

「鉄腕アトム」のアニメ版、1963年から放送が開始された初期の白黒バージョンを見た事があるという記憶はあるのですが(「再放送で」です)、どんな感じだったか・どんな設定だったのか殆ど記憶がない。あまり真剣に見ていなかったか、たまにしか見ていなかったという事になるのだと思います。
今見るとどう思うのだろうな?  改めて見てみたいように感じました。
~ 会場のロビーみたいな所で上映会が行われていて、この日1話分は見たんですけどね。

初期版「鉄腕アトム」の台本が展示されていたのですが、その表紙を見て「おやっ」と発見。
「代理店: 万年社」
あ、「おやっ」と思ったのは個人的な理由です。

ちなみに提供は明治製菓。
ロビー見たいなところで放送していた「鉄腕アトム」は、ビルやミサイル等も食べてしまう謎の生物を退治すると言うもの。「甘いものを食べると絶滅する」という事が解り、世界中から甘いものが提供されるのですが、その事に対するアナウンスの中に
「もちろん、明治製菓も協力した」
というセリフがあってちょっと笑った!

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2009/08/19

大鉄道博 at 飛天

8月16日、「大鉄道博」に行きました。
場所はグランドプリンスホテル新高輪の「飛天」、FNS歌謡祭が行われているあの場所です。
飛天の中に入れるという事も行った目的の1つでした。

・会場の「飛天」の入場口
横に寝台列車(24系客車)のカットモデルが置かれていました。JR九州で使われていた車両との事。中には2区画分の寝台が残っていました。
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入場すると池が見えます。
池の一部にプラレールが置かれています。
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スロープを下って地下1Fに降ります。
降りた所は「飛天」のロビーのようで、ここでは主に物販が行われていました。
このロビーの中にはレストラン(TAKANAEWA DINING)があり、その周りをミニトレイン(有料)が走っています。
ミニトレインが回っている中で見られながら食事をするのは落ち着かないのではないかと思いました。
このレストラン、値段はホテル価格(カレーライス1000円等)でした。
P8160015

「飛天」本体が主会場です。「飛天」って地下にあったんですね。

・懐かしの昭和体験
自分が知っているよりも古い時代の昭和(30年代)でした。
P8160013

・歴史関連の展示
新幹線開業前の東海道線の特急、新幹線、ブルートレイン等。
これが結構良かったです。
左上: 特急「つばめ」(昭和30年代の客車列車)の愛称板
右上: 修学旅行電車「ひので」のヘッドマーク等
左下: 東海道新幹線の初期の頃の方向版
右下: 東海道新幹線車両の形式プレート
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P8160031 P8160033

その他、鉄道模型のコレクション、昔の切符・時刻表・ポスター・おもちゃ、駅弁の掛紙、横見浩彦さんが全駅下車した時に持ち歩いていた寝袋 等の展示がありました。

・プラレール
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・客車特急「つばめ」の展望室のレプリカ
実物と全然違うと思うのですが....特に色彩が。自分的には拍子抜けのレプリカでした。
P8160047

・鉄道模型
他では見た事がないような高速で走っていました。
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・「飛天」の会場全容
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「飛天」の端の方から写した写真です。
FNS歌謡祭のテレビでは「ものすごく広い会場」に見えていたのですが、それほど広くないように感じました。
FNS歌謡祭ではステージを2つ作っていたと思うのですが、2つもステージを作ったら結構狭くなってしまいそうです。
テレビでは豪華な宴会場に見えていたのですが、全般的に薄汚れているような感じで「古さ」を感じました。

こんな感じです。
子供向けOnlyで大人1人で行っても楽しめないのではないかと思っていましたが、大人向けの展示もありました。
大鉄道博は8月31日までです。

<おまけ:高輪庭園>
ホテル内にある日本庭園です。
鐘まであって驚き。
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2009/08/17

パラミタミュージアム

夏休みに実家に帰っている時に、三重県三重郡菰野町の大羽根園にある「パラミタミュージアム」という美術館に行きました。
場所は湯の山街道(国道477号線)沿いです。

結構本格的な美術館でした。
どちらかというと田舎町である菰野町にこんな美術館があったとは、知りませんでした。
入場料1000円分の価値はあると思います。
2003年に開業したそうです。
運営は岡田文化財団 (←ジャスコの関連) です。

<常設展示>
池田満寿夫「般若心経シリーズ」が主でした。
瓦や食器などの陶器に般若心経を書いたものがずら~っと並んでいます。
後、佛塔がいくつも。

<企画展: 第4回パラミタ陶芸大賞展>
6名の作家の作品を展示し、その中から一般投票によって大賞を選ぶというもの。
自分がいった時はもう投票は終了していました。
「えっ! これが陶器なの????!」と驚きました。
特に鈴木卓さんの作品。(ドランクドラゴンの鈴木拓さんとは別人です)
鉄で作って錆が入ったような色を輝かせています。
もし投票できたなら、鈴木卓さんに入れたかったなと思いました。
→ 鈴木卓さんが優勝したようです。

<企画展: 黒田之男 組子建具展>
菰野町在住の黒田之男さんとその息子・黒田裕次さんが作った建具の展示でした。
引き戸に、組木で作った柄や絵が描かれています。名古屋城とか...。
「細かい!」
自分には絶対できないと思いました。

<企画展: 水澄美恵子人形展>
人形の顔には表情がない場合が多いと思うのですが、この方の人形の顔には全て「表情」がありました。
いい表情です。
見ていて微笑ましくなってきました。

上記3つの企画展は8月16日で終了済みです。

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2009/08/12

Y150が入場者300万人突破... えっ?????

今朝の新聞の広告に「おかげさまで300万人来場達成!!」と書かれたY150の広告が載っていてびっくりしました。
先日、まだ目標500万人の15%ぐらいしか入場者が入っていないという記事を見た記憶があります。500万人の15%というのは75万人です。
一気に225万人も客が入ったのでしょうか?

神奈川新聞の記事によると無料会場も合わせた数との事で、有料会場は70万人との事。
→ 神奈川新聞: 「開国博Y150」入場者数が300万人を突破と発表/横浜開港150周年協会

目標500万人は有料会場のみでの入場者数だったと思います。
まるで、その500万人の内の300万人が入ったかのようなコピー。
詐欺なのではないかと思います。Y150を請け負っている広告会社・博報堂の入れ知恵なんでしょうか。
なんだか嫌な気分になりました。
この調子だと、無料会場も合わせた500万人で「目標達成!」と言い出しそうですよ。
その後ろの「イベントさらに盛りだくさん」のコピーも詐欺のような気もしますが、イベントの普通の基準値がないので何とも言えません。

無料会場の数え方が気になる所でもあります。
赤レンガ倉庫の横に開設されている「Y150のテント」に入った人数のみを厳密にカウンタしているのか、或いは赤レンガ倉庫に来ただけでもカウントされるのか。
象の鼻会場、大さん橋会場、山下公園会場のカウント方法も曖昧です。
「ユニーク数」を数える手段がないため、1日でこれら4会場を回ったら4人分カウントされる事になってしまいそうです。

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2009/07/22

海のエジプト展

7月19日、パシフィコ横浜・展示ホールDで開かれている「海のエジプト展」に行った。P7190001

入場券を買うのに45分待ちでした。
入場自体は0分待ち。これから行く人はどこかで入場券を買ってから行った方が良いかもしれません。

14時45分頃に入場。
展示会場の中は人人人..。
じっくり展示物に沿って見て行こうと思っていたのですが、国会議員の牛歩並みに先に進みません。
この調子で見ていくと最後まで見ないうちに終了時間(18時)になってしまったり、最後にあるバーチャルシアターが見られないかもしれないので、あまりにも混んでいる所は列の外側から覗いて見るだけにしたりしました。
それでも、展示物を見終わって会場を出たのが18時頃でした。

エジプトのカノープス・ヘラクレイオン・アレクサンドリア。これらの都市に、8世紀頃地震等による地殻変動によって海に沈んでしまった地域があります。この展覧会は、沈んでしまった海底から発掘された古代エジプト文明の遺跡を展示するというものでした。
海底での発掘調査方法の展示等もあります。
アレクサンドリアでは、島(人工島と言う認識で正しいのかな?)全体が沈んでしまったようです。例えれば、お台場が沈んでしまったようなものなのでしょうか。

思った事。
(1) 紀元前の段階でレンガ造り? なのかな? の建物があり、街が形成されていた事に驚いた。
日本ではまだ竪穴式住居に住んでいた頃ではないかと。

(2) 人類は侵略の歴史なんだな...。
・カノープスでは、エジプト神話による宗教施設がキリスト教信者によって壊され、キリスト教の宗教施設が建てられた。
・エジプトは他国により支配し続けてきた。
  それ以前 : 地元民など
  紀元前6世紀: ペルシャ
  紀元前4世紀: ギリシャ (クレオパトラもこの時代)
  4世紀: ローマ帝国
  7世紀: イスラム関連
  16世紀: トルコ
  18世紀: フランス
  19世紀: イギリス
  20世紀: 独立
 ※以上はWikipediaを参照に記載。
  自分の誤解などあるかもしれないです。あったらごめんなさい。

(3) クレオパトラ7世のイラストに萌えた...。

あ... (3)は忘れてください。

バーチャルシアターでは、海底に沈む遺跡のCGをコントローラで動かすイベントがあり、手を挙げた希望者2名が操作していました。
また、アレクサンドリアの沈んでしまった島の街並み上空を飛行するような映像が映し出されます。今現在の街並みであってもおかしくないような風景で驚きました。

バーチャルシアターを出た所で「公式フィギュア」(1個300円)を売っていました。ガギャガチャで購入します。
バーチャルシアターから出てきた人の殆どが買っているのではないかと思われるぐらい売れていました。
自分も2つ買ってみました。
左: オリシス・カノポス壷(11番)、右: プトレマイオス朝のファラオ像(2番)
P7200245

「海のエジプト展」は9月23日まで。
大人2300円です。

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2009/07/06

横浜市歴史博物館「絵地図・浮世絵にみる開港場・横浜の風景」展

7月4日、横浜市歴史博物館に行った。
横浜開港150周年記念 Part1「絵地図・浮世絵にみる開港場・横浜の風景」展を見るのが目的。

横浜港開港直前 ~ 明治初期(鉄道開通後) の横浜辺りの鳥瞰図を中心に展示されていました。

良かったです。
見入ってしまいました。
武士がどうのこうのという方面の歴史は殆ど興味がないのですが、昔の街はこんな感じだったという方面の歴史を見るのは自分的には楽しいです。

昔は、今の横浜駅~桜木町駅辺りはリアス式海岸みたいな険しい崖でした。横浜開港に伴って、東海道との分岐点から野毛辺りまで「横浜道」という山越えの道を突貫工事で作ったとか。
今の横浜駅~桜木町駅は通常平地を通って移動しますが、あの辺りは埋め立てられた土地との事。あの辺りの海岸が険しい崖であった事は今の風景からは想像出来ない所です。

「絵地図・浮世絵にみる開港場・横浜の風景」展は7月5日までの開催でした。

P7040001

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2009/06/23

横浜にクモ出現?

クモというのはY150の「ラ・マシン」の事です。
会場近くの歩道橋(会場外)から思いっきり見えたため、パフォーマンスを見学してしまいました。
会場内で近くから見るよりも全体がよく見渡せてかえって良さそうな感じもしました。
風向きの関係から、クモが吐く糸(=水しぶき)がこちらまで飛んできました。
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左の写真: 道路の右側が「ラ・マシン」が展示されている「はじまりの森」会場です。道路の右側は赤レンガ倉庫。
右の写真: 「はじまりの森」会場の入場門。
P6200156 P6200168

歩道橋から見た「トゥモローパーク」会場のアースバルーン。
夜間はこのアルバルーンに映像を映すそうです。
会場の中からよりもこの場所から見た方がよく見えそうに感じましたが、映像は会場側にしか映さないようです。
P6200164

歩道橋から見た「NISSAN Y150ドリームフロント&スーパーハイビジョンシアター」会場。
名前が長い!
P6200163

この日は外から見ただけでしたが、「外から見るだけで十分で中には入らなくてもいいや!」という気分になってしまいました。
そんな事を言わずにそのうち行こうと思っています。
18時以降は半額(1200円)で入場でき、22時まで営業しています。「夜間だけでも全ての展示物が見られる」らしいので、会社帰りにでも行ってこようかな。

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2009/06/22

横浜税関 資料展示室「クイーンのひろば」

5月20日、横浜税関の資料展示室「クイーンのひろば」に行った。

展示内容は横浜税関の歴史、税関の仕事紹介、偽ブランド品・ワシントン条約に違反する品物の紹介、麻薬・拳銃等の密輸の事例紹介、最近の検挙事例 等です。
展示物がテーマ毎に綺麗に並んでおらず見学しにくいのが若干マイナス面かと思いました。

麻薬の密輸事例について、「しかしよく考えるなぁ」と麻薬犯に対して別の意味で感心しました。
缶ビール2つを切り開いて重ね合わせ、中に麻薬を隠し入れる等すごく巧妙です。そんな隠し方は中々思いつかないと思います。これはもう、麻薬犯と税関による頭脳戦です。

最近は、X線検査(空港で飛行機に乗るときに検査されるあれ)を海上コンテナごと行う機械があったりするようです。驚きました。

象の鼻パークからみた横浜税関。
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横浜税関の建物にある塔は「クイーンの塔」と呼ばれています。
「横浜三塔」と言われている塔の内の1つです。(残りの二塔は神奈川県庁の「キングの塔」と横浜開港記念会館の「ジャックの塔」)

資料展示室「クイーンのひろば」の入口。
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横浜開港資料館 「港都横浜の誕生」展

6月20日、横浜開港資料館に行った。
横浜開港150周年記念として開催されている企画展「港都横浜の誕生 - 新発見資料に見る近代化の原点」を見るのが目的。

企画展は新たなテーマというわけではなく、既存の展示物の延長といった感じでした。
副題の「新発見資料」が指す通り新たに収集した資料の展示です。

開港前の横浜村の写真が展示されていて「田舎の農村だなぁ~」と思いました。
もしペリーが開港を迫ったのが神奈川 (横浜村ではなく東海道の神奈川宿の開港を要求していたが横浜も神奈川の一部だ! と政府がごり押しして横浜を開港させた) ではなく他の地であれば、このまま農村だったかもしれないですね。(さすがにそれはないか...)

開港後、外国人に対する襲撃事件などが発生し、居留地でイギリス軍とフランス軍による警備が行われた時期があったそうです。それも1000人規模で。この事は知りませんでした。

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たまくすの木
横浜開港資料館の中庭にある木です。開港前からあったとの事でした(場所の移動あり)。
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2009/06/14

第五福竜丸展示館

6月6日、「車両基地イベント in 新木場」に行った後、夢の島にある「第五福竜丸展示館」に行った。
都の運営で入場は無料。

この展示館を見るまで、「第五福竜丸」はビキニ環礁でアメリカの水爆実験の被害にあった...、ぐらいに考えていました。被害にあったのも「第五福竜丸」だけだと思っていました。
この展示館を見て、自分の歴史認識を変えられました。その内容が衝撃的でした。

---
「第五福竜丸」は焼津港を母校とする遠泳マグロ漁船。
1954年、ビキニ環礁(アメリカが設定していた危険水域外)で操業中に水爆実験によって被爆。この時行われた水爆実験はアメリカが想定していた3倍の威力があったとの事。
灰を浴びたものの、乗員達はそのまま焼津港に帰港。帰港後灰を浴びたままそのまま街に繰り出す等乗務員自身はあまり事の重大を感じていなかったらしい。
検査が行われ乗務員全員が被爆している事が分かり、東京の病院に治療を行う事になる。
その内1人は後に死亡。亡くなった方やその家族の手記が展示されていた。

被害にあったのはその「第五福竜丸」ではなかった。
第五福竜丸が獲ったマグロからだけではなく、他の漁船が獲った多くのマグロからも放射能が検出。大量のマグロが築地市場内の地中に埋められたとの事。
 → 「そんな所に埋めて大丈夫だったのだろうか~」と思った。
その他、海流に乗って放射能が運ばれ、日本国内で放射能を含んだ雨が降った。
日本だけでなくビキニ環礁辺りの住民も被害に遭い、一部の島では島民全員が他の島に避難したとの事。

アメリカからの被爆者補償はあったとの事。
展示室では明確には書かれてはいましたが、「保障するからあまりこの問題については追及しないでね!」というメッセージであり、日本政府がそれを飲んだと言う事のように感じました。日本は敗戦国であり、終戦後それほど経っていない時期だったので強くは出られなかったというのが事実なのかな。
実際「これで終わり」みたいな感じになったようです。
---

なんだかね。
恐ろしく感じた。
何が一番恐ろしいかと言うと、爆発した周辺だけではなく世界規模で被害が出てしまう事だ。
理屈上の謳い文句ではなく、実際にこういう事があったのだと、まざまざと認識させられました。
「自分が住んでいる国や都市に落ちなければ良い!」や「嫌いな敵国に落として懲らしめれば良い!」なんて事は言ってられません。

意図的・非意図的問わずに核兵器が使用され、その結果地球が滅びるなんて時代が訪れない事を願います。

とりあえずは、この「第五福竜丸展示館」を永遠に残していけなければならないのではないかと思いました。
運営しているのが国ではなく「東京都」というのが面白い所でもあります。
被爆後東京水産大学の持ち物となり、その後廃船になって夢の島に捨てられていた所を見つけられ、有志によって保存運動が起こり、東京都が保存を引き受けたようです。

<第五福竜丸展示館の外観>
P6060161 P6060184

<館内の第五福竜丸>
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<館内に飾られている折鶴>
全国の小中学校から送られた折鶴が飾られています。
自分の母校からの折鶴がありました。
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<第五福竜丸のエンジン>
廃船後別の船に載せ換え。その船はその後沈没。沈没の28年後に海から引き上げられたそうです。
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<マグロ塚>
放射能を浴びて築地市場の地中に埋められたマグロの慰霊碑です。
本来は築地市場に建てる所を..(以下失念) と書かれていました。
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2009/05/27

鉄道博物館2009/5/23 (2) その他

<SL汽笛>
ヒストリーゾーンの転車台が回転し、転車台に載っているSLが汽笛を鳴らす催しが行われていました。
以前は軽快な音楽が流れるなか時折汽笛を鳴らしていた記憶があるのですが、解説員が出てきて解説員の掛け声で汽笛を鳴らしていました。汽笛に驚いて子供が泣き出すような苦情でもあり、このような方式に変えたのかな思いました。
個人的には昔の方式のほうが雰囲気が出ていて良かったように感じました。
P5230192

<模型鉄道ジオラマ>
今回も含めて過去2回鉄道博物館に行きましたが、解説付きの鉄道模型ははじめて見ました。
正直、あまり萌えなかった。一度に走る車両数が少ないし。
JR東海の車両が走ってなかった...。あ、JR四国の車両も走ってなかったか...。
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<ラーニングゾーンの駅構内ラボ「みどりの窓口」>
過去2回とも「体験イベント」が行われていて見られなかった駅構内ラボの「みどりの窓口」をはじめてみました。
パソコンが置いてあるだけといった感じで、しょボーンとしました。
実際のみどりの窓口はもうちょっと大掛かりな機械が置いてあると思うのですが。
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<455系の連結幌部分にSUICAの人形>
P5230225

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<おまけ>
大成駅のホームから撮影した写真です。
ランチトレインの隣で建設工事を行っています。
JR西日本からの0系新幹線でも展示するのでしょうか。
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(完)

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鉄道博物館2009/5/23 (1) コレクション展「時刻表」

「JRおおみや鉄道ふれあいフェア」に行った後、鉄道博物館に寄ってきました。
第2回コレクション展「時刻表」を見るためです。

鉄道開設時から現在まで、昔の時刻表を中心に展示されています。

JTB及びJR時刻表の表紙コレクション(本物ではなく写真)があります。
見た覚えがある表紙が何点かありました。いくつかの実物は自宅にあるはずです。

昔の本物の時刻表が、その時代の背景等と共に展示されています。
驚いた事としては、
・明治時代の「新橋~横浜(現在の桜木町)」の時刻表に、横浜着が日付を超える列車があった。 ~明治時代にそんな遅い時代に列車に乗る人がいたのかと
・戦前の時刻表は表紙に広告があった。(三井呉服店(三越の前身)、太田胃酸等)

復刻版の昔の時刻表のいくつかが、閲覧できる形で展覧されていました。
閲覧している人が多くて中々空かなかったのですが、チャンスを見て空いた時刻表(自分が産まれる少し前)の時刻表を見てみました。
...あれだね、1日見ていても飽きなさそうです。鉄道だけでなくバスや飛行機の時刻表も載ってますし、あと編成表とか。長々と見たかったのですが、自粛しました。
復刻版の時刻表売ってないかな~と帰りにグッズ売り場を覘いてみたのですが、明治35年の時刻表の復刻版しか売っていませんでした。その明治35年の時刻表を買いました(400円)。
当時の時刻表は、時刻が漢字表記かつ右書きなのでさすがに読みにくいです。今風の表記に書き換えて、今の時刻表と比べたくなりました。

こういう展示を見ると、「昔の時刻表は捨てずに残しておこう」と思います。

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2009/05/20

フジフィルムスクエア・「みんなの鉄道」写真展

会社帰りに、六本木・東京ミッドタウン内のフジフィルムスクエア(←自分のPCでこのHP開くとPCごと固まってしまうので要注意!) で開かれている『「みんなの鉄道」写真展 ~おいでよ!レール エンターテインメント~』に行ってきました。

「みんなの鉄道」写真展

プロの写真家7人(「秘境駅へ行こう!」の牛島さんはプロではないが...)による写真展でした。
 「やっぱりプロは違うなぁ!」
と思いました。
単純に車両が写っているだけというわけではないんですよね。
展示されている写真はそんなに多くありませんが、良かったです。
写真の他に、ブルートレインのヘッドマーク等の展示もありました。
矢野直美さんの写真は目立たない所(グッズ売り場)で展示されているので見逃さないようにしましょう。危うく見逃す所でした。

2Fでは別の写真展もいくつか開かれていました。
こちらも良かったです。
自然を楽しむ科学の眼2009」とか、動物の写真がメインだったのですが、よくこんな瞬間の写真を撮れたなぁと思いました。若干グロテスクな写真もありました。

---
どうでもよいことですが、麻布十番駅で東京メトロ南北線から都営大江戸線に乗り換えて六本木まで来ました。麻布十番駅での乗り換え、遠かったです。
ちなみに、都営大江戸線の六本木駅もホームから地上までが遠く、コンコースからホームまで長いエスカレータ2機 + 普通のエスカレータ1機があります。なんでも、内回りのホームは日本の地下鉄の駅で最も深い所にあるとの事。

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2009/05/02

日本丸&横浜みなと博物館

4月29日、「帆船日本丸」と「横浜みなと博物館」に行った。
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4月24日にリニューアルオープン。また、「横浜みなと博物館」の方は「横浜マリタイムミュージアム」からの改名となりました。
横浜に移り住んでまもない頃、10数年前に2回行って以来の訪問です。その内1回は父親と行きました。

<横浜みなと博物館>
10数年前の展示内容がどのようなものだったのか記憶がなく、どのように変わったのか判断できなかったのですが、展示物や仕切り等の新しさから判断すると、大幅にリニューアルされたのではないかと思われました。

1Fの床に、横浜港及びその周辺の航空写真が貼り付けられていました。
今の時代はGoogleやYahoo!の地図でも見られるようなものですが、見入ってしまいました。
こういう写真がある場合の定番として、自分が住んでいるところを探してしまいます。
探してみました。..... あら... 写っていません。範囲外でした。あと10cm程度範囲が広ければ写っていたのではないかと思われるなんとも微妙な状態。非常に惜しい。残念でした。

B1Fが本格的な展示施設(有料)です。
前半は「横浜港の歴史ゾーン」。
非常に良かったです。
新港埠頭とか、随分前(大正時代)からあったんだなぁと思ったりして。
主題ではありませんが、横浜の地名の由来を初めて知りました。元来の横浜は今の県庁等がある辺りを示します。昔は今の大岡川より南の伊勢佐木町~蒔田辺りの一面は広い入海で、河口部に南北方向に伸びる細長い砂州が広がっていました。この砂州が「横に長い浜」という事で横浜と言う地名が付いたそうです。
黒船来航時、本来は東海道の神奈川宿辺りを開港するという約束でした。しかし、警備面等いろいろな理由により政府はその横浜に港を作って開港する事にしたそうです。

B1Fの後半は「横浜港の再発見ゾーン」。
こちらの展示は中途半端に感じました。
上手い具合に「横浜港の歴史ゾーン」と統合できたら良かったのではないかなぁと思いました。

<帆船日本丸>
所々に当時の組員のインタビュー映像が流されていましたが、これがリニューアルなのかな?
他の展示されている船(例えば氷川丸)と比較すると特別これといった展示はなく、やや物足りないような感じもしましたが、あまり改造していないという観点から考えるとこれはこれで良いのかな。

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<タワー塔(C・D)から見た風景>
あのタワーは何のために建てたのだろうかという疑問があるのですが、横浜博関連なのか?
左の写真: 南側 (汽車道・新港埠頭方面)
右の写真: 北側 (ランドマークタワー・クイーンズスクエア方面) - 大道芸をやっていました
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2009/04/05

鉄道博物館・変化点

昨年5月に訪れた時からの、気づいた主な相違点。

<マルス1号機>
みどりの窓口でお馴染みの座席予約システム「マルス」の1号機です。
以前は、乱雑な扱いで説明文が機械の直接貼り付けられているような状態でしたが、囲いができ、電気学会の「でんきの礎」と、情報処理学会の「情報処理技術遺産認定証」が飾られていました。
そういう認定制度があり、マルス1号機が認定されていたのを知りませんでした。
扱いが良くなったのは、情報処理の同業者として嬉しかったです。
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<EF58>
「はやぶさ」のヘッドマークが取り付けられていました。
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<ランチトレイン>
以前は一部の展示車両の中で食事ができたのですが、そこでの食事は禁止となり、新たに「ランチトレイン」として183系及び189系電車が4両設置されました。
駅弁売り場もありました。
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<プロムナードの車輪展示>
公式HPでも告知されています。
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鉄道博物館・企画展「電車特急50年」

正解は...
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鉄道博物館でした。
第3回特別企画展「電車特急50年~ビジネス特急「こだま」からJR特急まで~」を見るためです。
この企画展は4月6日までの開催です。
この企画展が開催されている事は以前から知っていました。そのうち行こうと思っていたもののずっと忘れており、閉幕直前に思い出して行く始末。

ちなみに、鉄道博物館へはこの切符で行きました。
P4040023
新幹線&鉄道博物館きっぷ」です。
東京都区内から大宮までの新幹線自由席 + 大宮から鉄道博物館までの埼玉新都市交通 の往復と、鉄道博物館の入場券がセットになったトクトク切符です。
大人3500円、子供1000円。
山手線の車内広告で見つけました。
実際の所、横浜在住者にとっては大宮まで新幹線で行くメリットはほとんどない(=湘南新宿ラインで行くのと所要時間が変わらない)と自分は思うのですが、久しくJR東日本の新幹線は乗っていないし.. と思い買ってみました。

企画展「電車特急50年~ビジネス特急「こだま」からJR特急まで~」を見学します。

なかなか見ごたえがありました。
中心となる展示は下記でした。
・国鉄における最初の電車特急「こだま」(在来線:東京~大阪・神戸) の誕生
・「つばめ」「はと」電車化時に導入された豪華な1等車パーラーカー(クロ151)や食堂車
・寝台電車特急581・583系

在来線特急に関する展示であり、新幹線はありません。

電車特急「こだま」、当初は機関車牽引による高速化も検討されていたようです。欧米と比較して軌道が弱く、軌道面の強化にコストがかかるなどの理由から、電車方式に決定したようです。
もしここで機関車牽引による高速化方式を採用していたら、新幹線は今頃フランスのTGVと同じ動力分散方式(前後に強力な機関車が連結されており、真ん中の人が乗る客車にはモーターがない) になっていた可能性も高いと思われます。歴史と言うものは分かりませんね。

電車特急「こだま」が走っていたのはわずか6年間(1958~1964年)との事。東海道新幹線開業に伴い廃止されました。もっと長い間走っていたのかと思っていました。
6年間という短さよりも、電車特急開始後わずか6年で新幹線が走り始めた事、その進展の早さに驚きました。

「つばめ」「はと」電車化時(1960年)に導入された食堂車には、エアータオルがついていたとの事。列車にエアータオルが付いていた頃よりも、エアータオル自体がそんなに前からあった事に驚きました。
食堂車はオール電化であり、また車内電話など当時の最先端のものが取り付けられていたとの事でした。

581系・583系は座席・寝台の展示があり、座席→寝台 への転換方法が紹介されていました。
座席状態時や近郊化改造された形式には何度も乗ったことがあるのですが、寝台状態時は一度も乗った事がありません。「どうやって寝台に転換するのか」、座席状態での乗車時に座席の上の設備を眺めて見ても今一歩分からなかったのですが、疑問が解けました。

最後のビデオコーナーも良かったです。
2本立てで、1本目は「こだま」が運行開始された頃の最新車両に関する映像(小田急SE車、近鉄初代ビスタカー等が出てくる)、もう1本がこだま高速化試験の映像でした。

なんだかんだ長居してしまいました。

企画展の入口は、下記写真のように特急電車の正門をデザインしたものとなっています。右側の幕は10分毎に変わるとの事でした。
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2009/04/04

新幹線に乗ってお出かけ!

4月4日、東京駅から北に向かう新幹線に乗ってお出かけしました。

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この日は北朝鮮からの人工衛星? 打ち上げ予定期間の初日。もしやの時の為に今日は出かけない方が良いのではないかと迷いました。では自宅にいれば安全なのかと。また、何事もなく日本を通過していくだけかもしれないし。
そんなこんなで、結局出かけました。

さてここで問題。どこに出かけたのでしょうか?

<ヒント1>
この列車に乗りました。
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400系つばさ君です。
つばさ編成単独での運転でした。
珍しいんですよね。自分は始めて見ました。

<ヒント2>
乗ったのは自由席です。

<ヒント3>
来週の週末では間に合いません。

答えは、この次の記事で。

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2009/02/27

物流博物館

2月21日、東京都港区高輪にある「物流博物館」に行った。

財団法人 利用運送振興会が運営する博物館で、日本通運本社内に創設された「通運史料室」が基礎になっているとの事。
1998年にこの場所でオープンし、2008年8月に常設展示をリニューアル。

品川駅高輪口を出て西に向かう坂をせっせとぜいぜいしながら登り、突き当たりを左に曲がると博物館に到着した。

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<1F: 「物流の歴史」展示室 >
・江戸時代の、東海道など宿場毎に問屋場というものを置き、そこで人馬を付け替えてリレー形式で荷物を運搬していた頃
・海や河川(利根川など)を利用した船による運輸
・鉄道による貨物輸送が中心だった頃 (今のようなコンテナ輸送ではなく、米俵、藁、木箱に品物に入れて貨車に積み込んで運んでいた)

当時のモノ、写真、模型が展示されていました。
江戸時代の運搬方法は知りませんでした。「なるほど、これだと効率が良いな」と思いました。
自分が子供の頃(1970年代)は、既に鉄道ではなくトラックによる輸送が中心でした。今とあまり変わっていないような気がします。

<地下1F: 「現代の物流」展示室 >
鉄道、トラック、船、飛行機の現在の物流の展示です。
映像作品の展示が中心でした。
「新幹線N700系の工場から車両基地へのトラック輸送」の映像もありました。

港に設置されている船にコンテナを載せるために使用する「ガントリークレーン」の運転操作の映像がありました。クレーンの上に運転室があり、床の半分が透明になっていた。クレーンを動かすと運転室も一緒に「がたがた」と振動しながら移動しています。見ているだけでも怖かった。あの運転室には絶対行きたくないと思いました。

<2F: 映像展示室、図書コーナー >
映像展示室では何も上映されていませんでした。その替わり風呂敷が展示されていました。
図書コーナーは照明が消されていて、利用したい人は受付に申し出てくれとの事。

---
この「物流博物館」、見学者が非常に少なそうでした。1時間強現地にいましたが、その間に新たに入場してきたのは2人だけの模様。その2人は先に帰ってしまい、自分が帰る頃には館内にいた客は自分1人でした。土曜日なのに。
運営は大丈夫なのでしょうか。
平日は逆に社会見学で来る生徒達がいたりして賑わうのかな?

どうでもよいことですが、受付に広末涼子さんの母校・品川女子学院の中等部1年A組がしながわ観光協会の協力で作成した品川周辺の「観光案内」が置かれていました。
思わず貰ってしまいました。
「しらばら祭」と書かれています。文化祭の出し物として作成したのだろうか?

高輪って高級住宅街なのでしょうか。
物流博物館の前は狭い道で、帰りはその道を南に向いて歩いていったのですが、通り過ぎる車に高級車が多かった。
周りの建物はそれほど高級には見えないのだけど。四国電力の保養所?みたいな建物や、私鉄総連の事務所、ブルネイ大使館があり異質な感じの街並みでした。
南に向かって歩いていったら、御殿山のさらに西の方に出てしまい「しまった!」と思いました。
ここから品川まではそこそこ距離があるが、だからといってバスに乗るにはちょっともったいないような距離。品川まで歩くのは疲れるので、結局京急の北品川駅まで歩いて帰りました。
後で調べたら、その場所は品川よりも五反田の方が近い位置でした。

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2009/02/22

鉄道歴史展示室「トレインマークの誕生展」

1月21日、東京・新橋にある旧新橋停車場 鉄道歴史展示室で開かれている「制定80周年 トレインマークの誕生展」を見に行った。

トレインマークは、1929年9月 東京~下関を結ぶ特急列車に「富士」「櫻」の愛称が制定され、同年12月から客車の最後部に掲げられた事が始まりという。

展覧会では各種トレインマークや、デザイン画が展示されていました。

昭和40年代に合理化のため九州寝台特急を除いて廃止されたが、1978年に電車特急の幕で復活されたとの事。復活時に宣伝のため作られた下敷きが展示されていましたが、そんな感じの下敷きが実家にあったような。

最近はヘッドマークが使用されることが少なくなったとの事。
そういわれるとそのような気がします。
あっても、LEDによる文字の表示だけの場合が多いですね。
そう考えるとちょっと寂しいです。

「トレインマークの誕生展」は3月29日までの開催です。入場無料。

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2009/02/06

INAX:GINZA「デザイン満開 九州列車の旅」展

1月31日、INAX:GINZAのINAXギャラリーで開催されている「デザイン満開 九州列車の旅」展に行った。

気づいた方もいらっしゃるかと思いますが、1つ前の警察博物館の記事と同じ写真です。
INAX:GINZAは警察博物館の隣にあります。
INAXギャラリーはこの建物の2Fで、それより上はINAXのショールームとなっています。
入場無料です。

INAXギャラリー内のトイレでINAXの便器で用を済ませた後、展覧会の見学です。
高級便器が設置されているのかと思いきや、普通でした。

「デザイン満開 九州列車の旅」展、ドーンデザイン研究所の水戸岡鋭治氏によるJR九州の特急車両のデザインに関する展示がメインでした。

ずいぶんとこだわっているのだなと、感心しました。
車体のデザインはもちろんの事、車内のインテリや車内販売が使用するエプロンまで。エプロンについては、列車ごと(形式ごとかな?)にそれぞれ別のものが用意されていたりします。
JR東日本やJR東海等の画一的な車両とは一線を画しているように感じました。

JR九州の特急列車ってほとんど乗った事がなく(九州新幹線の「つばめ」と、在来線の「リレーつばめ」ぐらい)、実際に運行している時の実物(特に車内)ってどんな感じなのだろうかと、興味を感じました。

2月21日まで開催。
その後大阪での開催も予定されています。

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2009/02/05

警察博物館

1月31日、警察博物館に行った。
場所は東京都千代田区京橋、中央通りと東京高速道路が交差する辺りです。
こういう博物館があるのは知りませんでした。
入場無料です。

展示内容はだいたいこんな感じ。
1F: 警察関連のヘリコプター、バイク等の車両の展示
2F: 警視庁創設時や西南戦争等歴史に関する展示
3F: 殉職警察官を称えるコーナー、今までの制服・警察手帳・運転免許証等の展示
4F: 音楽隊・鑑識が使用する用具・禁止薬物等の展示とゲームコーナー

展示規模は小さいですが、なかなか見ごたえがありました。

西南戦争、1887年に西郷隆盛を盟主として九州で起こった戦争です。政府軍として警察も参加したそうです。昔は警察は軍隊の替わりでもあったのかと、知りませんでした。

殉職警察官のコーナー、殉職の原因となった事件の展示(あさま山荘事件等)もあり、衝撃的でした。
警察の人に対して頭が下がる思いになりました。

鑑識の用具なんかはもう少し詳しく、実際に鑑識をしている様子のビデオ等見たかったのですが、あんまり詳しく展示すると問題があるのかな。犯罪者が、痕跡を残さないように研究されたり。

何気に、階段の所に貼ってある写真なんかもよかったです。

撮影は1F(車両展示コーナー)のみ可能です。
こんな感じでした。
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2008/12/07

放送ライブラリー 「美術セットに見る1980年代ミュージックシーン」展

12月6日、横浜市の放送ライブラリーで開かれている「美術セットに見る1980年代ミュージックシーン展 ~ザ・ベストテンから日本レコード大賞まで~」を見に行った。
後援:TBS

内容はこんな感じでした。

(1) 「ザ・ベストテン」のレギュラースタジオ(歌手がでてくるミラーの所など)の模型・写真。
(2) 「ザ・ベストテン」12年間(1978年~1989年)の歴代1位・年間ベストテンの紹介。
(3) 「ザ・ベストテン」の歌手が歌うセットの模型・写真・映像。映像は約20曲のダイジェスト。
(4) 「ザ・ベストテン」以外のセットの模型・写真。(東京音楽祭、日本レコード大賞、コンサート、舞台等)
(5) 「日本レコード大賞」の歴代大賞受賞曲の紹介。

(1): 「ザ・ベストテン」の歌手が出てくるミラーの所、模型や図面で見る限り、裏側の入口が狭くて驚きました。体が大きい人はあの中に入るのも一苦労なのではないかと..。

(2): 「ザ・ベストテン」ってもっと長く、大昔からやっていたような印象がありました。自分が最初に見たと思われる時代は、12年間のうちの最初の方の年でした。自分が最初に見た時点で、番組が開始してから10年ぐらい経っていたのかと思っていました。
歴代1位の表を見て、「昔はロングランヒットが多かったのだなぁ」と思った。最初の頃は、1位なった事がある組が年間で10組ぐらいしかいなかった。それが後の方になると20組ぐらい。今ならどれぐらいの組になるのだろう。
....えぇと... そういえば、今どういった人が1位になっているのか分からないや。

(3): 木曜日の放送が終わってから打ち合わせを始め、木曜日の朝までにはセットの設計・製作を終えるそうです。
設計はともかく、製作期間が1日ぐらいしかなくて大変そうでした。セットの資材の調達はどうしていたのだろう (1日ぐらいで調達する必要がありそうでしたがそんなに短期間で調達できるものなのだろうか?) と不思議に思った。
セットを作るのもお金がかかりそうで、1度しか使わないああいうセットの資材は1度使ったら廃棄していたのだろうか?  或いは他のセットに再利用していたのだろうか?

(5): 「レコード大賞」....既に忘れかけている存在でした。
昔は「レコード大賞を受賞する事」は歌手としての最大の栄光だったと思います。大晦日の紅白の前、「レコード大賞」を見て誰が大賞を受賞するかドキドキ。受賞者の喜びの姿を見て感動したものでした。
自分が歳をとったのか、ここ最近はそういうこともなくなりました。受賞曲にいまいち馴染みがなかったり、ノミネートされる曲をそもそも知らなかったり。
今年は誰が受賞するのでしょう。
新人賞は、アルバム全曲タイアップなどゴリ押しで有名なavex期待の新人:GIRL NEXT DOORと予想。
大賞は... 誰かな? やっぱり自分が歳をとったのか、ノミネート曲の内曲名だけを見て曲を思い出せたのが1曲(青山テルマの「そばににるね」)しかありませんでした。
TBSのHPにノミネート者・曲の一覧が載っています。

---
本物のセットの展示が1つぐらいあったらよかったのになぁと思ったのですが、スペース上無理ですね。会場はあまり広くないです。

「美術セットに見る1980年代ミュージックシーン」展は1月18日まで開催。
放送ライブラリーは、みなとみらい線・日本大通り駅と直結している「横浜情報文化センター」の8Fと9Fにあります。
9Fが展示スペースで、8Fは過去のテレビ・ラジオ番組の試聴コーナー。
共に無料です。

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2008/12/06

横浜都市発展記念館 「横浜ステーション物語」展

11月23日、横浜都市発展記念館で開かれている「横浜ステーション物語 ~そこは昔、海だった……」展を見に行った。
横浜駅とその周辺の歴史を紹介する企画展である。

自分が知らなかった事や初めて見たものも多く、良かった。

(1) 新橋~横浜(現:桜木町)間の日本初の鉄道建設時、神奈川~横浜(現:桜木町)間は海を埋め立ててショートカット。この埋め立て工事は実業家の高島嘉右衛門氏が私財を投じて実施。現在この辺りにある「高島町」という地名は、この高島氏から採られている。

(2) 高島貨物線(鶴見から海沿いの工場地帯を走って桜木町に向かう貨物線)はかなり前(大正6年)に開業している。
→ 戦後開業したのかと思っていました。

(3) 品鶴線(現在横須賀線・湘南新宿ラインが走る品川~新川崎~鶴見間の路線)もかなり前(昭和4年)に開業している。新鶴見操車場もその頃からある。
→ 戦後開業したのかと思っていました。

(4) 大正時代、桜木町から大岡川沿いに西に向かい、日ノ出町・蒔田を経由して保土ヶ谷に抜ける国鉄線の建設計画があった。野毛辺りの大岡川沿いにそれ用の用地が確保されており、桜木町駅のホームは西に向かえるように曲がっていた。
この事自体は知ってました。
その当時の桜木町駅が写っている航空写真が展示されており、本当にホームが曲がっていて驚き。

(5) 東海道線・横浜辺りで現在横須賀線(と湘南新宿ライン)が走っている線路は昔は貨物線。
この事自体は知ってました。
その当時の横浜駅の航空写真が展示されており、貨物線に現横須賀線用のホームがなかった。東海道線のホームは現在と同じ2面4線あり、京浜東北線用・京急線用ホームも現在と同じ(京急線は相対式ホームだったかな?)。東急線のホームもみなとみらい線開通前と同じように高架で存在し、貨物線と東急線の間にホームが作れそう隙間がない。
現横須賀線用ホームのスペースはどう工面して作り出したのだろう?
横須賀線のホームが他のホームよりて狭く、東京方面に位置がずれているのは、無理やりスペースを作った事による産物なのかな? と想像した。

(6) 横浜駅西口は昔は空き地だらけで、東口の方が発展していた。
西口に最初に商業施設が出来たのは、横浜駅名品街と高島屋ストアであった。(現在は共になく、その場所には相鉄ジョイナスと高島屋百貨店が建てられている。)
その当時の航空写真や店舗の外観の写真が展示されていた。
その当時の航空写真では、西口一帯に川が張り巡らされていて驚き。
現在の航空写真を見ると横浜ビブレの前を流れる川ぐらいしかないので、大半の川は埋め立てられちゃったのかな?

「横浜ステーション物語 ~そこは昔、海だった……」展は2009年1月12日まで開催。
前期と後期で一部展示換えあり。既に後期が始まっています。

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2008/11/09

品川歴史館

11月1日、「品川歴史館」に行ってきた。
京急線の車内に掲げられていた特別展の広告を見て気になりました。この広告を見るまで品川歴史館というのがある事自体知りませんでした。

品川歴史館は品川区立の歴史博物館。
場所は京浜東北線・大森駅から徒歩10分強で、若干距離があります。
バス停では東急バスの「鹿島神社前」が最寄りで、品川駅~大井町駅~大森駅~蒲田駅を結ぶバス路線等が停車します。

という事で入館。

まずは特別展「東京湾と品川 -よみがえる中世の港町-」を見学。
入って直ぐの所、位牌が並べてありました。港に関する特別展なのになぜ位牌が並べてあるのか? 不思議に思って眺めていたらボランティアの人が近寄ってきて説明をしてくださいました。
 「江戸時代、ペリー来航に備えて東京湾上に台場を作る時に、御殿山の土を採取。
  その時にこれらの位牌が出土した。」
だそうです。
「東京湾が埋めたれられてだんだんと陸が広がっていく変化」を展示する特別展だと勝手に思っていたのですが、そうではなく、それよりもずっと昔の時代の展示でした。

続いて常設展示。
はっきり言って小さいです。
しかしその小さい分、展示内容が上手くまとめられていてそれはそれで分かりやすかった。

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2008/09/14

大阪・万博記念公園 (4) 国立民族学博物館

万博記念公園の自然文化園を通り過ぎ、「国立民族学博物館」に行く。
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国立民族学博物館のHPによると「自然文化園のゲートで国立民族学博物館の観覧券(420円)を買うと、自然文化園を無料で通行できる」との事なので、自然文化園のゲートで国立民族学博物館の観覧券のみを買って自然文化園の中を通ってきました。
(3)の記事で書いた太陽の塔は自然文化園の中にあります。
「通行できる」の表記からすると、あくまで通行するだけが可であって、太陽の塔の写真を撮る等寄り道をする事は規約違反になるのかな?
何だか悪い事をしているような気分になったし、いっそうの事「自然文化園+国立民族学博物館のセット券」という名前にしてくれた方がすっきりすると思いました。

館内は、世界各国の生活用品を中心とした物品の地域別展示が主体。その他に、ジャンル毎に各国の物品を集めたコーナーや、ビデオライブラリー等あり。
名前は似ていても千葉県佐倉市の「国立歴史民俗博物館」とは展示内容が全然異なりました。(あっちは、日本国内の歴史展示です。)

地域別展示は、オセアニア → (南北)アメリカ → ヨーロッパ → アフリカ → 西アジア → 南アジア → 東南アジア → 東アジア → 日本 の順。この順番に見ていきます。
展示物が多く、見ごたえもあります。
見ていて自分の興味の差を感じました。現在の日本での生活様式との差が大きく、自分があまり知らない地域(オセアニア、アフリカ等)は興味深い。そうでない地域(ヨーロッパ等)は大して興味が沸かない。

最初の方は深く真剣に見ていたのですが、だんだんと疲れてきて見るのが疎かになっていってしまいました。喉も渇いてきました。
パンフレットを見ると、東南アジアの先に休憩場がある。
「よし、ここまで頑張ってちょっと休憩しよう」と思う。
休憩所にたどり着く。
ん??? 休憩所は外でした。
この暑い中外で休憩はちょっと...。
その外に飲料の自動販売機が置いてあったのですが、展示物の状態保持のため室内に持ち込んで飲むなとの表記があり。
あぁこれでは休憩にならん...。
という事で結局休憩をせず、その後のコーナー、特に東アジア(中国・韓国)・日本あたりは、興味の度合も少ないのでほとんど素通りして出てきてしまいました。

この国立民族学博物館、夏休み期間中の日曜日だというのに人があまりいませんでした。特別展をやっていなかったからかもしれないけど。こんな客数で運営は大丈夫なのだろうかと心配になりました。

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2008/09/06

大阪・万博記念公園 (3) 太陽の塔

大阪万博のシンボル「太陽の塔」!

道路(大阪環状線・中国自動車道)の反対側、万博記念公園駅・エキスポランド周辺から「太陽の塔」を撮影する。
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道路(大阪環状線・中国自動車道)に架かる中央橋を渡って、太陽の塔がある向かい側へ。
入園券を買い、自然文化園の中央口から入る。
目の前に「太陽の塔」が現れた。
何という存在感だ!!!
でかい!
圧倒されました。
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近づいてみる。
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この太陽の塔、アメリカ・ニューヨークの自由の女神よりも高いとの事。自由の女神は高さ47mで太陽の塔は高さ65m。
万博会期中は、塔内にも入れたらしい。
それらしき入口が、後ろにあった。

太陽の塔の裏側。
表側はテレビや雑誌で何度も見たことがあるが、裏側を見たのは初めてかも...。
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大阪・万博記念公園 (2) 万博記念館とエキスポタワー跡への道

まずは「万博記念館・生活誕生館DILIPA」に行く。
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大阪ガスのショールームがメインで、万博関連は「EXPO'70ホール」として2Fの片隅にひっそりと申し訳程度に残されているといった感じでした。
時間もないし、東京で東京ガスのショールームに行けば事済む事なので、ガス関連の展示はパスして「EXPO'70ホール」へ。
EXPO'70ホールの構成は、当時の各国のパビリオンからで寄贈された物品1点ずつ + グッズ関連 + 当時の写真 + 当時の各館スタンプコーナー + 映像コーナー といった感じでした。
部屋の屋根の高さの関係から斜めに倒されたような形で展示されているものがあり、このような展示方法はどうなのか?と思いましたが、切断して展示するよりは良いか...。
自分は万博より後の産まれで、万博記念公園に来たのも初めてだったので、「懐かしい」とかそういうの感嘆深いものは特にありませんでした。

当時の入会場口付近を再現した模型の中に「エキスポタワー」があった。
「エキスポタワー」が健在だった頃の写真・解体される様子・解体された跡地に置かれているオブジェの写真をいくつかのHPで興味深く見た事がある。
エキスポタワーがあった場所は、道路(中央環状線・中国自動車道)のこちら側だった。
この後、道路の向こう側(太陽の塔の方)に行く予定であった。向こうに行った後こっちに戻ってくるのも面倒だし、当分この場所にくる事がないかもしれないので、ついでに跡地を見てこようと思い立った。

万博記念館・生活誕生館DILIPAを出て、会場の模型で見た方向に、手探り状態で向かおうとする。
「あれ.. エキスポタワーの方向に行く道が無いなぁ~。」と阪急ホテルの前辺りで思って、駅で貰った「万博公園だより ECo-Park」の後ろの方のページに載っている地図を開く。
エキスピタワー跡地の表示が載っていないのでどこにあるのかはっきりしない。
「この辺り(万博記念ビル南側のちょっと開いているスペースか、その先の外周道路を跨ぐ歩道橋を渡った先)かなぁ。
ん.. ここだとすると、元の道を引き返してエキスポランドの脇の方から行くか、阪急ホテルを通り過ぎてぐるっと回ってくるしかないのか~。
どうしよう。引き返すのもアレなので、阪急ホテルの方から回っていくか..。」
と道を進む。
...結構遠い。15分ぐらい歩いたのだろうか。
暑い中やっとの思いで、地図上中に入れると思われる場所、万博公園南の信号の所まで行く。
中に入る入口はあったが、門が閉ざされていた。
「が~ん」
エキスポランドが休園中なので、閉鎖されているのか???
そもそも、こっち側からはエキスポランドに入園しないといけない場所だったのか?
地図上もう1箇所、中に入れると思われる場所もあったが、ここからその場所まで距離があるし、そちらも閉鎖されているかもしれないし~。
という事で、諦めて元来た道を引き返しました..。

エキスポランドの入口近くに、エキスポタワー跡に行けそうな道がありました。
見る限り高低差がある。
少し行きかけたのですが、少し登っただけで疲れてしまった。
明日仕事だし、今日横浜に帰らないといけないし、時間の関係で元々行こうと考えていた所に行けなくなるかもしれないし、という事で諦めました。
何らかの機会の時に、リベンジしたいな...。

エキスポランド」は休園中でした。
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2008/07/27

電気の史料館

7月20日、横浜市鶴見区にある電気の史料館に行った。
東京電力が運営する電気の歴史に関する博物館。

横浜市とは言っても川崎市に囲まれた所にある。川崎駅西口からバスに乗車して「電気の史料館入口」バス停で下車。川崎市内料金であった。バス停を降りたもののどこにあるのか分からず、ぐるっと遠回りして入口に到着。
東京電力技術開発本部の中にあり、門には守衛さんがいる。
黙って入って良いものなのかどうか迷った。(黙って入りました。呼び止められなかったので黙って入って良い模様。)

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<企画展「二十世紀の文化と電気 ~音と映像の進化~」>
音声・映像に関する装置の歴史を紹介する企画展であった。
映写機・ラジオ・テレビ・テープレコーダー・楽器等。
以前訪れたNHK放送博物館で見た記憶があるものも何点かあった。

<特別展「レトロな鉄道模型が大集合!」>
子供向けの夏休み企画だと思いますが、大人が見ても結構よかった。
訪れている当の子供達には本題の「レトロな鉄道模型」にはあまり興味がないようで、電車でGO!に夢中になっていました。
アルコールランプで動く鉄道模型など昔の鉄道模型が飾ってありました。

<常設展>
初めに映像プログラムがあり、その後電気に関する展示物が続く。
関東地方での電力供給の最初は直流だったそうです。先見を見て関西では初めから交流だったとか。知りませんでした。

東京電力運営だけあって、発電・送電に関する展示が中心です。
水力発電の水車発電機、火力発電所タービン発電機、鉄塔、変圧器等の大物の展示もある。
その他、「三種の神器」と呼ばれていた頃の電化製品の展示等も。

電気自動車の展示もありました。但し現在の電気自動車ではなく、100年前のもの。ガソリンによる車よりも先に開発されていたが、ガソリンによる車の方が便利なのでガソリン車に取って代わっていったとか。

お約束のように、展示物の最後のコーナーは「原子力発電の紹介」でした。

工業高校や大学の工学部の電気科の学習に最適なのではないかと思いました。

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2008/07/24

国立歴史民俗博物館 「旅-江戸の旅から鉄道旅行-」展

7月12日、「旅-江戸の旅から鉄道旅行-」展が行われている「国立歴史民俗博物館」に行った。

場所は千葉県佐倉市の佐倉城址公園内。
最寄り駅は京成佐倉駅で、京成佐倉駅から徒歩15分又はバス。
横浜からだと遠いです...。片道2時間かかりました。
自分は行きは京成佐倉駅から歩きました。
城跡の入口から国立歴史民俗博物館までの坂がきつかったので、「国立歴史民俗博物館」バス停まで行くバスに乗っていったほうが良いかも...。

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<常設展>
まずは常設展に。
広いです。
第1展示室から第5展示室まであります。
じっくり見ていたら時間が経ってしまい、目的の特別展を見る前に閉館時間になってしまいそうだったので、第2展示室まで見て後は飛ばしました。

第1展示室は「原始・古代」の展示。
日本人(特に西日本)の起源の半分は中国人なのかな?
弥生時代に稲作の文化と共に大陸から移住してきて元々日本にいた人(縄文人)と融合していった... と館内の展示物や説明文を読んで受け取れました。
.....なんだかショックでした。

<「旅-江戸の旅から鉄道旅行-」展>
第1部「旅の時代」と第2部「旅行の時代」に分かれています。

第1部「旅の時代」は、徒歩による移動の時代を「旅」とした江戸時代の展示。
東海道五十三次の絵巻等が展示されていました。
「行きは東海道を通って伊勢神宮や関西へ、帰りは中山道を通って江戸に戻る。途中、寺社や名所旧跡に寄って楽しむ。」といった周遊が庶民によって行われていたとの事。
旅行の内容を日記に残す事も流行っていたそうです。その日記には「羽目を外して常軌を逸した」等自分にマイナスになる事は省略し、後で読まれる事を意識して書いたとか。
その感覚は、自分が「ブログ」に記事を書くのと似ているな~ と思いました。
国立歴史民俗博物館の専門分野でもあるのか、展示の構成等しっかりしているように感じました。
興味深く見入ってしまいました。

第2部「旅行の時代」は、鉄道が開通してからの鉄道による旅を紹介した展示。
昔の鉄道関係のものが多数展示されていました。
旅行の「ガイドブック」の展示が多いです。..ガイドブックの外側だけでガイドブックの中身(本文)は見られませんが...。
国立歴史民俗博物館が千葉県にあるためか、千葉県の昔の鉄道コーナーもありました。
国立歴史民俗博物館の専門分野ではないからか、第1部と比較するとやや雑な感じ(とにかく展示物を並べたといった感じ)がしました。
それでも良かったです。
協力:鉄道博物館 等となっていました。

閉演時間に近い時間になってしまったので、常設展のまだ見ていない所を見るのは諦めました。
何らかの機会の時にまた見に来ようと思います。

<佐倉城跡>
天気が悪くなってきたし、「国立歴史民俗博物館」バス停発の最終バスまで余り時間がなかったので、少しだけ散歩しました。
こっちもまた見に来なければいけません。

・馬出し空濠 (国立歴史民俗博物館のすぐ近くです)
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2008/07/21

三渓園 (4) 南門とその周辺

一通り見学を終えました。
なんだろう。
「忘れられた横浜」といった感じがしました。
横浜にもこんな所があったんだ...と。
みなと街や発展都市としての横浜も良いですが、こういうのも残していかなければならないのではないかと思いました。

海側の南口から出ます。
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南口を出ると、海岸沿いだった名残が見えます。
断崖絶壁の海岸....跡です。
この写真を写している場所は昔は海でした。
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上2枚の写真に写っているの建物は上海横浜友好園の湖心亭です。
1989年に上海との友好都市15周年を記念して、中国の建築職人たちによって造られたそうです。
手摺が弱くなっているようで、奥まで立ち入れないようになっていました。

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三渓園 (3) 外苑

続いて外苑へ。
1906年に一般公開されたエリアです。

<松風閣>
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展望台になっています。
上がってみます。

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草木が被い茂っていてあまりよく見えません。
見えるのは工場、そしてその先にわずかに海が見えます。
何だか残念な感じがしてしまう風景です。
昔はこの先すぐが海だったようです。
かつては、絶景だったのでしょうか?

ちなみにこの場所に行くまでの道はこんな感じ。
ここが横浜市内で海沿いだとは....。
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<旧燈明寺三重塔>
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中には入れません。

この付近から撮影した風景。
右の写真に写っている建物は旧燈明寺本堂です。
こうやって見ると、この場所は結構な高さがあるという事になります。
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<旧矢篦原家住宅>
岐阜県の白川郷から移設された合掌造です。
中も見学できます。
その当時の民具等が展示されています。
理由はよく分かりませんが、2Fの照明が暗くて展示物が見難いです。
P7060120 P7060129

<初音茶屋>
昔はこの場所で無料で茶が振舞われたとの事。
P7060130

<旧燈明寺本堂>
P7060132

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三渓園 (2) 内苑

1958年まで原家の私庭であったエリアです。
貸出施設になっている建物が多いです。
内部は一般には公開されていないか、外から見るだけ。
この日も.. なんかのイベントで使われていました。

この三渓園、外国人観光客が多いです。
日本人+外国人 のカップルなんかも。
日本らしさを探る、ある種の観光ルートの1つになっていたりするのかなぁと思いました。

<御門>
P7060073

<臨春閣>
P7060082 P7060077

<金毛窟>
P7060090

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2008/07/20

三渓園 (1) 正門と大池周辺

「横浜に永年住んでいるのにまだ行ったことのない場所シリーズ」第2弾として7月6日、横浜市中区本牧三之谷にある「三渓園」に行った。

横浜市営バスの定期観光バスのコースにも組み込まれている「三渓園」、横浜の観光ガイド類にはあまり出てこないのになんで組み込まれているのだろう? と思っていました。

三渓園は生糸貿易で財を成した実業家・原三渓氏の邸宅。京都・鎌倉等から歴史的価値のある建物を移設し、1906年に一般公開されたとの事。

横浜駅からその定期観光バス...ではなく路線バス148系統(急行・本牧車庫行) (注:8系統(本牧車庫行)でも行けます) に乗って本牧三溪園前で下車、そこから少し歩いて三渓園の正門に到着。
P7060056

<大池>
正門を入って直ぐの所に大池があります。
大池の向こうに旧燈明寺三重塔が見え、絶景です。
ここが横浜市内、しかも海に近い所、その海岸沿いには工場が広がる所...だとは思えませんでした。このギャップ感がまた良いのでしょうか。
自分が見慣れた横浜らしくない、なんだか不思議な感じがする空間でした。
池に浮かんでいるボート、わざと置いてあるものと思われますがこれが良いアクセントになっているのではないかと思いました。
P7060060 P7060063
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P7060071

<蓮池>
大池の隣にある蓮池です。
夏休みにザリガニ釣りのイベントを行う旨の看板が建っていました。こんな所にザリガニがいるのかと、ちょと驚きました。
P7060062

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2008/07/16

称名寺と金沢文庫 (2) 金沢文庫

続いて「神奈川県立金沢文庫」へ。

金沢文庫は、鎌倉時代に北条氏の一族・金沢北条氏の北条実時によって設立された私設図書館との事。
創立時の読み方は「かねさわぶんこ」、現在は「かなざわぶんこ」と読まれています。
現在の「金沢文庫」は県の施設で、図書館ではなく「中世歴史博物館」として運営されています。
京急の「金沢文庫駅」は知っていますが、本家の金沢文庫の事は知りませんでした...。

称名寺からこのトンネルを抜けると金沢文庫です。
P7050026

これが金沢文庫。
左の写真はトンネルを抜けた所、右の写真はその裏側です。
P7050027 P7050029

比較的小規模な博物館でした。
1Fは金沢文庫と称名寺の資料が中心、2Fは特別展の会場でした。

1990年までは称名寺内のこの場所に金沢文庫があったようです。
P7050023

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2008/05/25

鉄道博物館 (9) その他・総評

・ノースウィング側から見たメインの建物
P5170252

・フレンドリートレイン(455系)とミニシャトル列車
P5170256

全般的に良かったです。
行く前の不安は吹き飛ばされました。
11時頃入場、途中昼食等も行い、17時頃退場。
6時間か...。ずいぶん長くいたものだ。
自分がこういう所に行くと、長居してしまうのが問題点だな。
親が行きたいとか言ってたけどどうしよう。
ここだけで1日コースになってしまいますね。

それでは、鉄道博物館(大成)駅から帰ります。
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(完)

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鉄道博物館 (8) ノースウィング

ノースウィングに向かいます。
ミニシャトル列車(無料)も走ってますが、自分は歩きました。
メインの建物とそれほど離れているわけではなく、ミニシャトル列車を待っている間に歩いて到着できそうな、そんな感じの距離です。
P5170238

ノースウィングには、ノースギャラリー、キッズスペース2、動態保存のキハ11形、鉄博ホール(映画上映等)と、駐車場利用者向けの入場口があります。

「ノースギャラリー」に、交通博物館でも展示されていた修学旅行向け電車167系「なかよし」のモックアップが置かれていました。
こんな所にこんな形で残されていたとは...。
交通博物館時代にも展示されていた車両がいろいろ手を加え・演出されて展示されている中、この「なかよし号」だけが当時と同じ雰囲気で展示されていました。
なんだか、その点で郷愁を感じてしまいました。 (昔修学旅行で乗ったから...とかそういう理由ではありません。自分が修学旅行のときは既に新幹線利用が当たり前の時代でした。)
P5170239

「ノースギャラリー」は無料エリアにあり、入場口を一旦出ないと行く事が出来ません。
SUICAやPASMOで入場した人は、退場時に自動改札機にタッチし、入場時にもタッチすれば再入場が可能との事。恐る恐るやってみたらOKでした。当然の事ですが、2重に入場料が差し引かれる事もありませんでした。

動態保存のキハ11形 (国鉄→茨城交通→鉄道博物館)です。
他の展示車両と隔離された状態で、寂しそうに置かれています。
マニアの人しかココまで見に来てくれないかもしれないなぁ。
動態保存という事ですが、鉄道博物館開館後動かした事ってあるのかな?
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2008/05/22

鉄道博物館 (7) ラーニングホールとパノラマデッキ

1F~3Fまでありますが、3F以外は期待外れでした。
「交通博物館」時代の同等の展示の方が充実していたように感じます。

「コレクションギャラリー」の収蔵品や、「ヒストリーゾーン」になぜかひっそりと置かれている信号機・タブレット閉塞機・マルス1号機等を集めて、もうちょっと体系的な大規模な展示の方が良かったと思いました。
あぁ.. それだと「マニア向け」のラーニングホールになってしまうか...。
この部分のターゲットは子供かな。

「タモリ倶楽部」でタモリさんらがコント? をしていた「みどりの窓口」は、体験イベント実施のためカーテンが下ろされてました。
がっかりです。
P5170235

ラーニングゾーンの上(屋上)は、「パノラマデッキ」となっています。
鉄道博物館周辺を走る「新幹線(東北&上越)」「在来線(高崎線&川越線)」「埼玉ニューシャトル」が一望できます。
「新幹線」と「在来線」が同時にやって来ないかなぁと少し粘ってみましたが、残念ながら来ませんでした。
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2008/05/21

鉄道博物館 (6) コレクションギャラリー

言葉は悪いが「雑多な余り物を集めた倉庫」みたいな感じでした。
品物に対する説明文がほとんどなく、並べ方も雑です。
「交通博物館」で見かけた記憶があるものもちらほらと。
ちょっと扱いがかわいそうな気もしました。
捨てられるよりはいいですが。

「交通博物館」時代の可動式の展示物(電源が入っており動作しました)、昔の新幹線ホームのパタパタ、線路等の部品、昔のヘッドマーク、模型、駅名票、マルスの端末 などなど。

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2008/05/19

鉄道博物館 (5) 企画展「中央線ものがたり」

6月23日までの予定で、第2回企画展「中央線ものがたり ~去りゆくオレンジ色の電車と変わりゆく町~」が開催されています。

昔の写真と、実際に使われたサボの展示が中心です。

自分が知らなかった事も多く、良かったです。
見入ってしまいました。
今現在実施されている、御茶ノ水での快速線と鈍行線の立体交差や、鈍行線の総武線への直通運転って戦前から行われていたのですね。知りませんでした。
その他、かつて運転されていた下河原支線の事等も興味深かった。
三鷹から武蔵野競技場前への支線が存在した事は知りませんでした。

下記写真は、企画展の入口に展示されている先頭車両のモックアップです。
15分ごとに幕が変るとの事。
P5170216

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2008/05/18

鉄道博物館 (4) 鉄道歴史年表

ヒストリーゾーンの2Fにあります。
長~~い年表です。
75m(JRの車両で言うと4両弱分)あります。

年表の下のガラスケースの中に、展示物がずらっと年代に沿って並べてあります。
良かったです。
交通博物館の時にもあったような記憶がある展示物も何点か。
こういう形で利用されているのですね。

年表と展示物の両方を見ていくのはちょっと難しいです。
結局、年表はほとんど見ずに、ガラスケースの中の展示物だけを見てしまいました。

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鉄道博物館 (3) ヒストリーゾーン

鉄道博物館のメインとでも言うべき「ヒストリーゾーン」を見学する。

部屋の暗さ・展示物に対する照明の当て方から、自分の持っているデジカメの自動モード&自分の腕で撮影するとボケまくったりして上手く撮影できないかも...と思う。
案の定、上手く撮影できていなかった写真がほとんどでした。

一番の不満は、順路の設定がなくてどのような順番で見ていけば(古い順に辿れる等)最適に、(無駄に歩かない等)効率よく、見落としがなく廻れるのかよく分からないという事だった。
「その辺りをよく考えて配置していない」というのが正解かもしれないが。

全体的に良かったです。
自分的には、SL9586の床下、東海道新幹線関連、101系電車車内の広告、碓氷峠関連の展示が特に良かった。

結局、2時間ぐらいヒストリーゾーンにいたようです。
展示されている映像とか長々と見ちゃったからなぁ。

・2Fから撮影した全景
P5170262_2 P5170178
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・ハニフ1
松本電気鉄道からの寄贈。甲武鉄道が製造し、甲武鉄道買収に伴い国鉄最初の電車となった963。
P5170044

・101系車内の国電案内。
根岸線がまだ大船まで繋がってないです。
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・485系 (ボンネットの先頭車)
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・新幹線0系
開業時の「超特急 ひかり」のサボがかかっています。
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鉄道博物館 (2) ハチクマライス

館内にある「レストラン 日本食堂」に入る。

「なんでこんな所でウェイトレスがメイドの格好してるんだ!?」とはじめ思った。
昔の食堂車全盛期の頃のウェイトレスをモチーフにした衣装なんですね。

「ハチクマライス」を食べる。
当時の従業員が食べていた裏メニューとの事。
P5170012

ロコモコみたいな感じだなと思った。
半熟卵2個とハンバーグの上にカレー?がかかった丼物です。
半熟卵は1個で良いかも。
卵の味がくどくなりすぎて、卵かけご飯みたいな感じでした。

→ Wikipediaによると「ハチクマライス」は半熟卵ではなく目玉焼きを使うのが正式のようです。ちなみに、「ロコモコ」も目玉焼きを使うそうです。

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鉄道博物館 (1) プロムナード

5月17日、遂に埼玉県さいたま市にある「鉄道博物館」に行ってきた。
初訪問です。

行って気分が悪くなって怒りを感じ(例えば、展示物の中ではしゃぎ回って展示物で遊ぶ・破壊する子供、及びそれを見て注意することもなく寧ろ微笑ましいと喜ぶ親の姿を見て...)、更にそれを見て自分を抑えられなくなるのではないかと危惧して、あまり積極的に行く気になれなかったのですが、そろそろほてぼり冷めて落ち着く頃なのかなぁと思い、行ってみた。

自分の心配は杞憂に終わったようです。
はしゃぎ回っている子供は見かけず、落ち着いて見学できました。
但し、過去にそういう出来事もあったようで、しつこいぐらいに「注意書き」が書かれていたり、「車内破壊の為に車内の公開を中止しています」旨の掲示がされている車両もあった。

埼玉ニューシャトルの鉄道博物館駅を降りる。
過剰なぐらい広々とした構内なのに、自動改札機が3機しか置かれていないというギャップが...。

駅を出ると、鉄道博物館へのプロムナードが広がる。
P5170001

プロムナードの途中には蒸気機関車(D51)の先頭部分が置かれ、団体客等がその前で記念写真を撮影できるようになっている。
P5170006

プロムナードの床下には東北・山形・秋田新幹線の時刻表が...。
P5170269

SUICA又はPASMOを持っている人は、東海道線等のグリーン券の購入手続きを行うのと同じような手続きを自動券売機で行い、入場口に置かれている改札口にタッチして入場する。

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2008/05/06

都電おもいで広場 2008

4月5日にリニューアルオープンした「都電おもいで広場」を見るために、都電荒川線の荒川車庫前駅に向かう。

荒川車庫前に到着、目の前に「都電おもいで広場」がある。
P5040101

電車の上に屋根が付き、PCCカー(上記写真左側の白い車両)の車内に「おもいでジオラマ」と昔のモノを展示する「おもいでグラフィティーボックス」が新設されていた。

左:PCCカー、右:学園号
P5040085 P5040087

・都電おもいで広場の隣の荒川車庫
P5040095

・荒川車庫内にこんな車(東南アジア辺りの三輪タクシー?)が置かれていた。
これは、何だろう? どうしてこんな所に置かれているのだろう?
P5040097

この後、荒川車庫の窓口で珍しくおみやげを買い、「都電おもいで広場」を退散。
そのおみやげは現在製作中.....。
...というのは嘘で、今から作ろうかと思ったけど眠くなってきたのでまた今度にします。

参考記事: 都電荒川線 (3) 都電おもいで広場 (2007/6/8付)

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2008/05/05

日本郵船歴史博物館

氷川丸で共通入場券を買ったので、「日本郵船歴史博物館」にも行ってきた。

日本郵船歴史博物館に行くのは実は2回目。
時間もあまりなかったので、企画展を中心に見て回った。

この日行われていた企画展は「氷川丸リニューアル記念展 あの頃の氷川丸」と「豪華客船の食 ~船からうまれた工夫~ 大正から昭和まで」

・氷川丸リニューアル記念展 あの頃の氷川丸
氷川丸の歴史と、リニューアルの概要(モチーフ等)を紹介したもの。
全体的な展示物の量は多くないですが、横浜に係留してからの内容は氷川丸内での展示より充実していたように思いました。
良かったです。
5月6日までです。

・豪華客船の食 ~船からうまれた工夫~ 大正から昭和まで
戦前の北米航路の1等での食事に関するものが主です。
比較の為なのか、帝国ホテルとホテルニューグランド(横浜市)のその当時の食事も。
当時の客船での食事を今食べても遜色は無いし、むしろ今の食事よりも贅沢なのではないか? と思ってしまった。
自分がコース料理など高級料理の経験がほとんどないからそう思うだけなのかもしれないけど。
船場吉兆で客が食べ残したものを食べた事もありませんし、...新品も食べた事ありませんが...。
こちらも良かったです。
こっちは8月31日まで。

「日本郵船歴史博物館」に入場すると、受付でコインが1人1枚渡されます。
このコインは、館内のティーコーナーの自動販売機で使えます。
サービスです。
この自動販売機は、一般の硬貨は使用不可で、受付で渡されるコインしか使えません。
「もう1杯飲みたいと思ったらどうするのだろう?  諦めるしかないのかなぁ」と、何気に気になります。

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2008/05/04

氷川丸 2008

横浜・山下公園に係留されている「氷川丸」、2006年12月の営業終了後リニューアル工事が行われ、2008年4月25日、日本郵船の運営で営業が再開された。

4月27日に行ってみた。

P4270010 P4270014

入場料は大人200円。
安い!
日本郵船歴史博物館との共通入場券も発売されており500円。日本郵船歴史博物館単独の入場券も同じ500円で、日本郵船歴史博物館の入場券の半券を見せると氷川丸は無料。

共通入場券を購入して、入場する。

入ってすぐのエントランスロビーでは約30分の映像が上映されている。
船内施設では、1等の客室・食堂・社交室・喫煙室、3等の客室、船長室、操縦室、機関室等を公開。
その他、氷川丸の軌跡や、シアトル航路時代の資料等の展示がある。

以前の公開時と順路が大幅に異なっており、公開されている施設も減っていた。
以前は細々といろいろあった展示施設も、氷川丸に関するものに限定したシンプルな構成となった。
以前あったレストランもありません。
「必要なものを必要なものだけに」といった感じでしょうか。

・左: 1等社交室、右: 1等特別室
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・左: 船首部分、右: N1 DECKのデッキ部分(中には入れません)
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・氷川丸の船上から見た遊覧船等
P4270029 P4270051

願わくば公開範囲の拡大かなぁと思いますが。2等客室の公開がないので2等客室の公開とか。
何はともあれ営業が再開できて良かったです。
見学を終えて船外に出ると、入場待ちの列が出来てました。

P4270063 P4270066
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参考: 氷川丸 (2006/12/17)  ※2006年12月の営業終了前に訪れた時の記事

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2008/04/20

横浜市歴史博物館と大塚・歳勝土遺跡

横浜市営地下鉄・グリーンラインに乗りに行ったついでに、センター北駅の近くにある「横浜市歴史博物館」と「大塚・歳勝土遺跡」に行って来た。

「横浜市歴史博物館」に行くのは2回目で、1回目に行ったのは10年ぐらい前。横浜市営地下鉄・ブルーラインは開業していたものの、センター北駅周辺は開発中でまだ何も無い状態だった。
今はショッピングセンターが立ち並ぶ状態で、その当時と比べるとこの辺りは「ずいぶん変ったなぁ」と思う。

・横浜市歴史博物館
文字の焼き付きが発生しているブラウン管のテレビを久しぶりに見た!
「横浜市歴史博物館」の開館は10数年前と思われるが、それぐらいの時代のテレビでも焼き付きって発生するんだなぁ~。

常設展は「原始1」「原始2」「古代」「中世」「近世」「近現代」の6つに区分けされ、それぞれの時代について展示されている。
土器や埴輪等古墳時代までの展示が半分を占め、その後それぞれのテーマの時代に一気に飛んでいくといった感じであった。隙間に当たる時代の展示物がなく、中途半端に感じたが、「テーマを絞る」という意味では良いのかな?
自分的には大昔の事よりも近代の横浜の発展の方が興味があるが、それらについては別の博物館(横浜開港資料館横浜都市発展記念館)が詳しいので、そっちを見てくれという事なのか。

「歴史劇場」というコーナーもある。
真ん中から手などが動く人形が出てきて、CG・実写・模型を駆使した約15分のプログラムが放映される。割とよくあるパターンのものだ。
正直... つまらんかった。見ていて眠くなってきてしまった。

・大塚遺跡
横浜市歴史博物館での見学を終えた後、その直ぐ近くにある「大塚・歳勝土遺跡公園」内にある「大塚遺跡」に行った。
到着したのが閉館10分前だったので、ざっと見て終わりとなった。
入場無料で係員は常駐なし。見学していたら警備員の人が自転車に乗ってきてやってきて、残っている人がいないかチェックを行っていた(その間自分は遺跡から出た)。
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・歳勝土遺跡
同じく「大塚・歳勝土遺跡公園」内にある「歳勝土遺跡」。
大塚遺跡に住んでいた人の墓との事です。
P4120060

・昔の大塚遺跡は...
下記写真の道路の切り通しが高くなっているところが「大塚遺跡」。
という事は、昔は道路及び道路の左側も遺跡だったんですよね。
遺跡の多くの部分を壊して開発してしまったと。
「横浜市歴史博物館」に展示されていた写真によると、発掘当時の「大塚遺跡」の周りに建物がほとんどありませんでした。
P4120063

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2008/03/18

島原の旅 (18) 観光復興記念館

島原城の入場券は、島原城の敷地内にある「観光復興記念館」「西望記念館」との共通入場券。

「観光復興記念館」にも行って見た。
2Fは展示室、1Fは映像ホールとなっている。

2Fの展示室、時間が無かったのでほとんど素通りしてしまったが...。
災害に関する展示物を取り囲むように、ひな祭りに関するものが特別展として展示されていた。(なので、災害に関する展示物はモノによってはよく見えない。)
ん...と...~
他に展示する場所が無いのかもしれないけど、観光復興記念館に見学に来る人はほとんどいないのかもしれないけど(特に地元の人は)、「これはちょっとひどいんじゃない?」と思いました。
本来の展示物のテーマがテーマだけに、こんな所に飾るべきものではないのではないかと思いました。

1Fの映像は良かったです。

時間がないので「西望記念館」はパスし、急いで島原駅に戻りました。

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島原の旅 (17) 島原城

島原駅から直ぐ近くに見える島原城に行く。
P2240210

駅から近いのかなと思っていたら、遠かった。
駅から島原城に向かって歩くと島原城の堀にぶち当たり、「←300m 島原城」の標識が。
堀があるため、島原駅の反対側までぐるっと回らないと島原城には入れない。
あんまり時間がないのに...。
ぐるっと回って島原城に向かう。
※ で、後で知った事だが右に向かうとぐるっと回らなくても島原城に行けたらしい。

島原城に到着。
P2240213

城の周りの半分は駐車場が取り囲む。
P2240221

入場料を払い、島原城に入城する。
1階はキリシタン史料館。
これが結構良かった。
キリシタンが弾圧された時代(主に江戸時代)、隠れキリシタン達が一見仏具に見えるものにマリア等の姿を隠して信仰したという。それらの物が展示されていた。
そこまでしてでも信仰したというその事が、信仰心があまり無い自分としてはちょっと感心した。

歴史の教科書でもでてきた「踏み絵」も展示されていた。
その踏み絵を見て、中学時代の歴史の授業を思い出した。
その日はその「踏み絵」が関連する時代の授業で、先生が踏み絵の模造品を持ってきた。
で、その先生は「今から順番にこの踏み絵(の模造品)を回すので、踏みたい人は踏んでください」旨の事を言った。
で、回ってきた踏み絵をみんなが踏み出し、3人目ぐらいの人が踏み絵を思いっきり力を入れて踏み、踏み絵(の模造品)が真っ二つに割れた。
...今考えると、たとえ模造品だとはいえ、ひどいなぁと。
踏む方も踏む方だが  ~自分も回ってきていたら踏んでいたと思う~、「踏んでも良い!」と言った先生はもっとどうかと。
キリスト教の信者がいたらどうしたのだろう。実はいたのかな? 本人はかなり傷ついたかもしれない。
そんな事を、展示物を見ながら思いました。

時間が無かったので、2階・3階辺りは軽く見学し、城の最上階にある展望所に。
風が強くて怖かった。
P2240214

こちらは、前日の夜撮影したライトアップされた島原城です。
P2230081

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2008/03/15

島原の旅 (15) 雲仙災害記念館 (その3)

展示室の見学を終え、展望塔に向かう。

左の写真が山側・雲仙普賢岳、右の写真が海側・有明湾です。
P2240190 P2240193

ミュージアムショップの奥では雲仙普賢岳に関する写真展が行われていた。
何年も前の開催期間が書かれた紙の上に、「常設」の紙が貼られていた。ん...。
写真自体は良かったです。

「雲仙災害記念館」の見学を終え、国道上の「アリーナ前」バス停に向かう。
横断歩道の信号待ちを信号待ち中など、目の前でバスが通り過ぎてしまったら最悪だ..と思い急ぎ足でバス停の到着。

が~ん...。
運は自分の味方をしてくれなかった。
次のバスまで50分程度ある。
1つ前のバスは10分程度前だったようだ。
この寒空の中で50分待つのはきつすぎる。
鉄道の時刻を調べると、バスよりもだいぶ前に安徳駅から島原方面の列車があり、今から歩いても間に合う時間だったので、安徳駅まで歩く事にした。
鉄道・バス・フェリー1日乗り放題の「島鉄のんびり1500」を買ったので、一度ぐらいはバスにも乗ってみたかったです。

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島原の旅 (14) 雲仙災害記念館 (その2)

雲仙災害記念館」の展示室に入場する。

ところで、何でこんな館名にしたんだろう。
「災害"復興"記念」ではなく、「"災害"記念」だからな。
災害にあったこと自体が良い出来事だったみたいだ。そりゃまぁ災害があったからこそこの建物ができ、観光資源になったのだから記念っつったら記念なのかもしれないけど、この館名をつける事に対して反対はなかったのだろうか。
だからなのか、パンフレットには愛称の「がまだすドーム」の文字が大きく書かれていており、「雲仙災害記念館」の文字は端に小さく書かれていた。

1990年に始まった雲仙普賢岳の平成噴火、そういう出来事があった事自体は覚えている。しかしながら、どんな感じの噴火であったが、どの程度の被害があったのか、正直な所すっかりと忘れていた。いや、当時あまり興味がなく、初めから知らなかったのかもしれない。
館内展示やその他Wikipedia等によると、火砕流と土石流による被害が主で、43人が死亡。一般住民の死者は4人で、報道関係者やその関係者の死者が大半。報道競争が過熱し、危険地域でもあった「定点」と呼ばれていた火砕流を正面から望める場所に火砕流が襲い、死亡した人が多いと言う。
報道関係者の死は自業自得のような気もするが、それにしても43人も亡くなってたんだ。知りませんでした。
---

入場券を買い展示室の入口に行くと、展示物に何の興味もなさそうな雰囲気の小学生ぐらいの騒がしい団体が入口の前に整列していた。
あぁ~...これはバッドタイミング!!
これじゃぁゆっくり見物できないや。また、貴重な展示物で遊んでいる姿を見て、嫌な気分を味わってしまいそう。
団体さんがどこかに行ってから入場しようかと思っていたら、団体客よりも先に案内されてしまった。
入口で5分程度係員からの説明があった。団体客の前で団体客と一緒に説明を聞かなければならないかと思いきや、係員1人に自分1人(団体客は別だった)。これはこれでちょっと恥ずかしい。
で、係員からの説明を聞き、入口付近の展示物を見ていたら先ほどの団体客はいつの間にか館内からいなくなっていた。ん...早っ!!! 展示物は見ていかなかったのか? と思うほど。

上映時間になったので、「平成大噴火シアター」で映像を見る。
ややナレーション(古谷一行さん)のトーンが気になったが、良かった。
平成噴火の事が良く分かった。

その後にある「焼け尽くされた風景」の展示が衝撃的で、しばらく言葉を失った。
火砕流で被災したテレビカメラや電柱・バス停等が展示されている。
戦争で被爆した物と同じような状態になっている。
この部分を見るだけでも、雲仙災害記念館を見る価値があるのではないかと思う。

上映時間になったので、「島原大変劇場」でコンピュータで自動的に動く劇を見る。
寛政4年(1792年)に発生した噴火「島原大変肥後迷惑」に関する劇。
正直、眠くなってしまった。

そんなこんなしている内に、ここに来る前に記憶した「アリーナ前」バス停の、記憶範囲内の最終バスの発車時刻が近づいてきてしまった。その次のバスの時刻は何分だろう。1時間の1本強の運転だったので、時間を調べて行かないと寒空の中で長々とバスを待つことになってしまう。展示室に入る前に「間に合わないかもしれないなぁ~」と思ったので、バスの発車時刻がどこかに貼っていないか探したのだが、見つけられなかった。
ちょっと迷ったが、まだ見ていない展示物が多かったので自分の運を信じ、記憶範囲内の最終バスに乗ることを諦め、ゆっくりと残りの展示物を見学した。

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島原の旅 (13) 雲仙災害記念館 (その1)

安徳駅から「雲仙災害記念館」まで歩く。
徒歩15分程度。
途中国道上のバス停(アリーナ前)で、帰りのバスの時刻を記憶する。安徳駅よりもバス停の方が「雲仙災害記念館」からだいぶ近い。

この日は風が強くて寒く、体がすっかり冷え切ってしまった。
「やっと着いた!」と思ったが、さらにその先にヘリコプターとジープが見えたので、我慢してその場所に行ってみた。
「なんでこんな所にこんなものが置いてあるんだ?」
雲仙普賢岳噴火時の災害救助で活躍した自衛隊のヘリコプターとジープとの事でした。
P2240182

その直ぐ先で有明湾に突き当たる。
振り返って雲仙普賢岳を撮影する。
P2240184

「雲仙災害記念館」に入る。
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展示室に入る前に2Fのレストランで昼食。
島原名物という「六兵衛」のセット(1000円)を頼む。
サツマイモを原料とする麺との事。(→Wikipediaの「六兵衛」参照)
非常食として考えられた食べ物らしく、正直華がないと言うか、食べていてだんだん飽きてきてしまいました。
奮発して、1500円もする「具雑煮」のセットにすればよかったかなぁ。
下記写真の土鍋に入っているのが「六兵衛」です。
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2008/02/17

国立科学博物館 その他

2月16日、東京・上野の国立科学博物館に行った。
「アンコール 世界遺産ナスカ展」の見学後、それ以外の常設展等を見学する事とする。
 → 「アンコール 世界遺産ナスカ展」に関する記事はこちら

2年前「ふしぎ大陸南極展2006」を見に行った時に、早周りではあったが「地球館」(当時の名称は新館)を見学した。そのため、今回はそれ以外を主に見て回る。

<企画展 「雷龍の王国 ブータン -その多様な自然と人々-」>
日本館1階の企画展示室で開催されていた。
別料金は不要。
ブータンの自然や生活様式等を紹介すると言うもの。
ブータンって、国王によって統治されているんですね。日本のように「形だけ」というわけではなく。しかも王政は昔からあるわけではなく、20世紀初頭から始まったとの事。
ちょっと驚いた。
また、日本では「国立」と付く施設が、「王立」と記載されていて違和感を感じた。

ごめんなさい。ブータンにぜひ行ってみたいとは特に思わなかったです。

<シアター360>
2005年に開催された「愛・地球博」の長久手日本館で展示された「地球の部屋」を移設したとの事。仮設と言った感じではなく、しっかり工事をして設置した感があった。恒常的に使い続けるつもりなのか...。
真ん中に通路があり、その周り360度全方位に映像が映し出される。通路の床の一部はガラスになっており下も見える。
「愛・地球博」で上映された作品1本と国立科学博物館オリジナル作品1本(この日は「マントルと地球の変動」)の2本立て計約8分の上映。
「愛・地球博」は行っていないので、始めて見た。
自分的には、「愛・地球博」で上映された映像の方が360度全方位が活かされていて良かったです。

<日本館>
2006年に訪れた時は工事中であった。
地球館は2Fを除いて自然科学中心の展示だったので、日本館は科学技術中心の展示なのかなぁ勝手に思い込んでいたが......、日本館は自然科学Onlyだった。
考えようによっては、自然科学プラス文系である地理学&歴史学&考古学 かな。

「科学博物館」なのに科学技術の展示が申し訳程度だなんて、科学技術に関連する仕事をしている自分としてはちょっと寂しく感じた。

時間がなかったので早回りとなってしまったが、自分としては1Fの地球儀と地震計の展示が興味深かったです。

<その他>
11時半頃入場し、レストランで食事を行った後、「アンコール 世界遺産ナスカ展」を見学し、その後常設展へ。
退場したのは、国立科学博物館の17時の閉館直前でした。
ずいぶん長い間いたが、それでも時間が足りなかったです。

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アンコール 世界遺産ナスカ展 (国立科学博物館)

2月16日、東京・上野の国立科学博物館で開催されている「アンコール 世界遺産ナスカ展」に行った。

2006年3月から国立科学博物館を皮切りに全国9会場を巡回したナスカ展のアンコール・ファイナルとの事だが、自分としては初めての見学。
主な展示内容は、ナスカ文化の土器・ミイラ、バーチャルで飛ぶ! ナスカの地上絵シアター。
ナスカ文化は、紀元前100年から紀元後700年頃まで南米・ペルーの南部海岸地帯で栄えた文化を指す。

<ナスカ文化の土器>
土器に描かれた絵を元に当時の生活様式等を知ろう.. というのが展示の趣旨と思われ、展示物の半分以上を占める。
ナスカ時代は日本で言うと弥生時代付近に当たるものと思われるが、日本の弥生式土器と感じが異なった。

日本の弥生式土器:
・光沢がないか、既に光沢が失われている
・色が付いていないか、付いていても薄くなったり既に消えていたりする
・絵はあまり描かれていない
・形は単純

ナスカの土器:
・今も光沢がある
・色がくっきり付いている
・絵が描かれており、絵のタッチがイラストみたいな感じ。
・描かれている絵にあわせた複雑な形をしているものもある。(土器の形が頭の形になっている等)

やや言いすぎなのかもしれないが、ナスカ土器が現在の食器売り場に並んでいても、それほど違和感がないのではないかと思った。
会場の壁に張られていた「Q&A」によると、土器の焼き方の違い(窯を使うのではなく地面に穴を掘ってそこで焼く)や、気候の違い(ナスカは乾燥しておりほとんど雨が降らない) が影響しているとの事。

土器に描かれた絵で、当時の生活様式等が分かった。

<ナスカ文化のミイラ>
ミイラ自体は自分にはあまり興味はないのだが、その横に展示されていた頭蓋骨が怖かった!
頭蓋骨に穴を開けて行う手術や、子供の頃に頭の形を変形させる風習があったそうだ。

<ナスカの地上絵>
地面が岩で覆われている地域にあり、線の部分だけ20~30cm程度の深さで岩を取り除いて絵が表現しているとの事。
現地は乾燥しており雨がほとんど振らない為、風化せずに現在も絵が残っているそうだ。
近年、自動車等の侵入や、エルニーニョ現象による降雨により、破壊の危機に立たされているとの事。

<バーチャルで飛ぶ! ナスカの地上絵シアター>
バーチャルリアリティを用いたCGで、飛行機に乗って上空からナスカの地上絵を眺めるような形の13分の映像が、大きなスクリーンに映し出される。
迫力はあったがあくまでCG、映像作成者が考えた想像上のナスカの地上絵を見せられているような感じがした。
勘ぐり過ぎかもしれないが「この映像はどこまで本物と信じたらよいのだろう...?」って。
現地で撮影した本物の映像をCG化したもので、地上絵自体は脚色していないとは思うんですけどねぇ..。

迫力には欠けるかもしれないけど、自分としては、CGではなく加工していない現地で撮影した本物の映像を見たかった。

<シカン発掘研究>
過去何度かロロ神殿の発掘調査が行われており、今年の夏、神殿中央部の発掘調査を行うそうだ。
そして来年の夏に、国立科学博物館で「黄金の都 シカン発掘展Ⅱ」を開催するとの事。
「シカン発掘展Ⅱを開催するための発掘調査?」(調査の目的が違うんでは?)と言う感じがしなくもなかったが、これと言ったものが発掘されなかった場合、来年夏の「シカン発掘展Ⅱ」はどうするのだろう。
余計な心配をしてしまったが、模造とか...しないよね?

<まとめ>
見るものが多く、人も多く、疲れてしまったが、ためになった特別展であった。
会場内での列の進みも悪く、入場してから出てくるまでに3時間程度かかった。
自分が入場した時は待ち時間なしで入れたが、時間帯によっては入場待ちがあったようだ。
「アンコール 世界遺産ナスカ展」は、2月24日まで開催。

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2008/02/12

東京メトロ「副都心線展示室」

2月9日、東京メトロの「副都心線展示室」に行った。
最寄り駅は新宿三丁目駅。
立派な建物又はビルの中の1室にあるのかと思っていたが、そうではなく、工事事務所の一角に部屋が設けられていた。
人一人が通れるぐらいしか門が開いておらず、建物の入口のドアが閉まったままでしかも窓がないので正直入りにくかった。

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入口に記帳する場所があり、記帳してくれとの事。
書いてある名前が少なく、あまり人が来ていないようであった。

副都心線を中心としたトンネル工事の紹介と、副都心線の完成予定模型の展示が主。
駅名は、発表された正式名称に張り替えられれているものと、仮称のままになっているものの両方が存在した。
特に「これだ!」と言う展示はなかった。
ノートパソコンが1台置いてあり、元TBSアナウンサーの山本文郎氏ナビゲートによる東京メトロの歴史を紹介するムービーファイルが流れていた。営団時代に作ったもののようだ。これは、どこか自宅など落ち着いた所で見たいと思った。

副都心線展示室は、2月末で閉館する予定。

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2008/01/20

ていぱーく(逓信総合博物館)

1月13日、東京・大手町にある逓信総合博物館(通称・ていぱーく)に行った。
初めての訪問。

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「ていぱーく」はNHKの「NHK放送館」、NTT東日本の「情報通信館」、日本郵政の「郵政資料館」の3館からなる。
1Fが受付・特別展の会場で、2F・3Fが展示室。料金は大人110円で3館共通。

館内は順路がいまいちはっきりとしない。
エスカレータ上がった2Fの目の前にある「NHK放送館」に入り見学を終えて出口に出ると、目の前には「情報通信館」の出口が。そして、直ぐ近くには3F(郵政資料館等)からの下りのエスカレーターがある。それぞれの出口が集まったような感じの所に出てしまった。これから先どこに行けば良いのかと?。
「自分の所に先に入ってもらえるように!」という3館それぞれの思惑から、このような順路のはっきりしない配置になっているのだろうか???

~ 見学し終わってから思ったのですが、3Fまでエスカレータを登りきり、順番に下に向かって見学していくのが比較的スムーズに見学できるルート(或いは公式見学ルート)だったのではないかと感じた。
 

・NHK「NHK放送館」
「博物館」というよりは、デジタル放送に関する「PR館」だった。
自分的にはあまり見る価値を感じなかった。
昨年訪れた愛宕山の「NHK放送博物館」の方がよっぽど見る価値がありました。

唯一の展示物っぽいものは、入口に置かれている「ラジオ・アーカイブ「あの時 この時」」。
ボタンがいくつも並んでおり、ボタンを押すとその時のラジオの放送が流れるというもの。
これと同じものが、愛宕山の「NHK放送博物館」にもありました。

自分のブログの参考記事: NHK放送博物館
 

・NTT東日本「情報通信館」
2Fの展示物、昔の電話機や交換機等が紹介されてる所の並びになぜ「情報圧縮技術の紹介」なのだろうかと?   これだけ時代が違うような...。
まぁそれはともかく...。

昔の電話機(家庭用・公衆電話)が並んでいて興味深かった。
自分が子供の頃は、自宅の電話は「黒電話」(ダイヤル式)でした。その黒電話も展示されていました。
当時はダイヤル式の黒電話が一般的で、「プッシュホン」が浸透してきた頃。最先端の「プッシュホン」の電話機を使用している家庭が羨ましかったりしました。
その後、家庭用電話は「留守番電話 → コードレスホン → FAX付き」と進化して行き、今は「とりあえず(固定)電話はあればいいや!」って感じでしょうか。それよりも「携帯電話」って感じで。
その他、自分が子供の頃によく見かけたピンク色や赤色の公衆電話もありました。

3Fには、映画「バブルへGO!!」で出てきたようなショルダー式の携帯電話も展示されていました。

さまざまな通信方法を紹介した図に、これから発達が期待されるものとして「PHS」が載っていた。期待も何も、NTTグループではつい先日PHSのサービスが終了したばかりなのだが...。その内この図は書き換えられるのかな?
 

・郵政資料館
時間がなくなってしまい、急いで見ることに...。

日本では、「郵便制度」が始まったのは明治6年との事。
そして「郵便貯金」が始まったのはその2年後の明治8年。「郵便制度」と「郵便貯金」の開始時期にあまり違いがない事に驚き。「郵便貯金」ってもっともっとずっと後に郵便局の事業拡大のために始めたものかと思っていた。ちょっと驚き。
「保険事業」は大正5年からとの事。

7桁対応の「郵便番号自動読取区分機」が置かれていた。
ん... 郵便番号が7桁化されてからそんなに経っていないと思うが、あの機械はどこから持ってきたのだろうかと、機械そのものよりも興味を感じてしまった。
ああいう機械って結構高いと思われるが、動かせもしない展示物の為にわざわざ購入したのだろうか?  故障して修理のしようがなくなった機械があってそれを持ってきたのだろうか?
→ 「ていぱーく」のHPに答えがありました。試作機のようです。

昔のポストが並んでいるコーナー....、こういうのは結構好きです。

その他、大規模な「切手ギャラリー」等があったが、閉館時間が差し迫っており、さっさと出て行って欲しそうな雰囲気でもあったのでパス。
 

「ていぱーく」、全体的に中途半端感を感じた。
各社とも力を入れているような入れていないような... 。入れてないのかな?
3社共同というスタイルが、「ていぱーく」としての明確な方向性を打ち出せなかったりして、それが裏目に出てたりしているのかなと、勝手な想像をしてしまった。

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2008/01/17

地下鉄博物館

1月13日、東京メトロ東西線・葛西駅の近く(線路の高架下)にある「地下鉄博物館」に行った。
地下鉄博物館に行くのはたぶん3回目(リニューアルされてからは2回目)で、1月27日まで開催されている特別展「地下鉄開通80周年記念展 -地下鉄の誕生と発展の足跡-」を見るのが主目的であった。

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・丸ノ内線用300形
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丸ノ内線開業時(1954年)に使用された車両で、両運転台車。
開業当時は単行運転(1両編成での運転)が行われていたようで、今の状況を考えると考えられないなぁと思う。
車内も公開されており、車内の窓をスクリーンとしたビデオ上映も行われていた。
きれいに保存されている。

・銀座線用1000形
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銀座線開業時(1927年)に使用された車両で、両運転台車。
こちらも車内が公開されている。
車内は木目調で間接照明になっており、今の車両や隣に置かれている300形よりも高級感を感じた。

・銀座線用100形 (カットボディ)
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東京高速鉄道(現銀座線・渋谷~新橋間)の開業時(1938年)に使用された車両。(但しカットボディで運転席付近のみ。)

・軌道モーターカー
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・特別展「地下鉄開通80周年記念展 -地下鉄の誕生と発展の足跡-」
日本で始めて地下鉄が開業したのは1927年で現東京メトロ・銀座線の上野~浅草間。
当時は東京地下鉄道という会社の運営で、早川徳次氏が創設した。
早川徳次氏が地下鉄を作ろうと動き出した時~地下鉄開業~営団設立 までの流れを主体とした展示が主であった。
小規模な特別展であったが、自分としては勉強になり結構良かった。
ごく個人的な事であるが、創設時の関係者の名前を見て驚いたりもした。

・その他
全体的に展示物に対する手入れが行き届いているように感じ、感心した。
鉄道模型は、地下鉄博物館と言う事から地下を走ることをイメージしたレイアウトになっている。山や川・街の中を模型電車が走るわけでもなく、正直見ていてもあまり楽しくないように感じでしまった。自分が見たときは、係の人のアナウンスもちょっと....。

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2008/01/06

軽便鉄道博物館

三重県いなべ市の三岐鉄道北勢線・阿下喜駅駅前にある軽便鉄道博物館に行った。
とはいっても、開館日ではないため外側だけです。

・モニ220形 (226号)
1931年製。現三岐鉄道北勢線→現近鉄内部・八王子線 で使用され1982年に廃車。
昨年(2007年)12月にこちらに搬送されるまで四日市スポーツランドで保存されていたとの事。
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以下個人的な蛇足です。

この車両が保存されていた四日市スポーツランド、フィールドアスレチックのコースがある所で自分が小学生高学年の頃に何度か行った事がある。
懐かしくもあり、四日市スポーツランドのHPを開いて今もアスレチックのコースが健在(昔とあまり変っていなさそうな雰囲気)である事に驚きもした。
自分はいわゆる運動音痴なんだが、このアスレチックが意外と上手に出来て両親に驚かれた記憶がある。
中学生の時にも行った事があったんだったかなぁ? 中学の遠足の行先がこのアスレチックだった年があって、その時たまたま病気になって自分は遠足に行けなかった記憶がある...。

自分が四日市スポーツランドに何度か行っていた小学生高学年と、四日市スポーツランドにモニ220形が搬入された頃の時代が一致する。
四日市スポーツランドは昔はアスレチックコースしかなかったのだが、拡張されて「スーパースライダー」等の施設が増設された事があった。その時にモニ220形も設置されたのかなぁ~。
あったようななかったようななかったようなあったような....。

参考:
SPIRITUAL VOID の 視点・・・デザインに携る私達の日々徒然 (モニ220形搬入時の様子が載っていました)
北勢軽便鉄道 阿下喜線 (モニ220形搬入時の様子が載っていました)

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貨物鉄道博物館 2008

2007年10月にNHK-BS「熱中時代 鉄分補給スペシャル2」で放送された変圧器等輸送用の大物車「シキ160形」が展示されているとの事で、三重県いなべ市の「貨物鉄道博物館」に行ってきた。

これがシキ160形。
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でかい!
車輪が左右合わせて24個もついています。(普通の電車は8個)

ちなみに...。

・1898年イギリス製の蒸気機関車(元東武鉄道39号)
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・藤原岳辺りの山を背景にした貨物鉄道博物館前
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※ 写真は、カメラの設定を間違えてしまったため明るさの補正を行っています。

参考記事:
貨物鉄道博物館 (2006/8/16)

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2007/11/24

三殿台遺跡

11月18日、横浜市磯子区(...になるんですよね..南区ではなくて..)にある三殿台遺跡に行った。

横浜市営地下鉄・弘明寺駅(バス停名は弘明寺)から横浜市営バス219系統(三殿台公園経由弘明寺行)に乗り、三殿台公園で下車。
弘明寺から三殿台公園までわずか6分。途中かなり急な坂があり、距離は短いが歩くと大変そうであった。この急な坂があるからこそこのバス路線が成り立っていると言った感じであった。

バス停付近から見た三殿台遺跡。
「三殿台遺跡考古館」の看板が立っている高台に、三殿台遺跡がある。
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・三殿台遺跡考古館
この建物の中に遺跡から発掘された土器や、遺跡発掘時の写真等が展示されている。
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・住居跡保護棟
この建物の中に発掘された住居跡が発掘時のまま残されている。
建物の中には入れなかった。
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・縄文時代の復元住居
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・弥生時代の復元住居
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・古墳時代の復元住居
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これらの復元住居は中に入る事が出来る。
昼間でも中は薄暗くてちょっと怖い。
昔はこんな暗い所で生活していたんですね。...昔と言っても1500年以上前ですが...。

三殿台遺跡のある所からは、横浜ランドマークタワーが見えたりします。
下記写真の、右側の遠くに写っているビルが横浜ランドマークタワーです。
ちなみに、右側の手前にある建物は市立岡村小学校で、ゆずの2人の母校との事。
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2007/10/08

NHK放送博物館

愛宕神社の隣にあるNHK放送博物館に入場する。
建物の後ろには、東京タワーが見える。
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NHKの前身の1つである「東京放送局」(当時はラジオ放送のみ)が1925年(大正14年)3月から東京芝浦の仮放送局で試験放送を開始、同年7月から愛宕山のこの場所で本放送が開始された。
1939年(昭和14年)に内幸町に移転するまでこの愛宕山の施設が使用されたとの事。
現在の建物は開局時の建物ではなく、後に建て替えられたようだ。
館内には、当時の建物の模型等も展示されていた。

中2Fには「放送体験スタジオ」があり、テレビカメラを動かしたり、スタジオで原稿を読んだりする事が出来る。人が少なかったので少し触ってみたが、なかなか面白い。

1F~2Fは「放送の歴史」を紹介するコーナー。
開局当時からのラジオ・テレビの放送施設(マイク・テレビカメラ等)、ラジオ・テレビ受信機の移り変わりをテーマに、その当時の本物の機械が展示されている。
当時の放送の一部を見たり聴けるようにもなっており、第2次世界大戦の終戦詔書を天皇陛下が朗読した玉音放送の音声も再生できる。
玉音放送は生放送で行われたものと思っていたのですが、前日収録した録音だったとの事。レコード盤? に録音しており、その時に使用した機器が展示されていた。
テレビ放送開始前には、テレビ放送のPRを行うために、テレビ放送の機器を載せた国鉄の客車を改造した車両(名前失念)やバスが全国を行脚したそうだ。
自分が知らなかったことも多く、とても見た甲斐があった。

1~2Fで長々と観てしまった為時間がなくなり、3F以上は急ぎ足で見ざるをえなくなった。

3Fは「放送が伝えられるもの」のコーナー。
2Fの展示とやや被る内容もある。
昔の番組のコーナーでは、「ひょっこりひょうたん島」「できるかな」「おかあさんといっしょ」「みんなの歌」のコーナーがあり、その当時の番組が放送されていた。
自分が子供の頃の番組で、懐かしい。時間があればゆっくりと見たいところだった。
その他、昔のテレビカメラがずらりと並んでいるコーナーもあって圧巻であった。

4Fは「放送文化記念コーナー」「特別展示」と「放送ライブラリー」のコーナー。
特別展示では、大河ドラマと紅白歌合戦の展示が行われていた。
「紅白歌合戦の展示」では、去年の紅白歌合戦の展示で、台本等の資料の他、出演者全員それぞれの「サイン色紙」(メッセージ付き)が並べられていた。
ああやってずらりと並べてみるとそれぞれ個性があるのだなぁと思った。問題になったDJ OZMAの色紙も飾られており、「あそこがでちゃったらごめんね。」って....(苦笑)。
あと、平原綾香さんが着た衣装も展示。一瞬小林幸子さんの衣装かと思ったが違った。ま、当たり前か。小林幸子さんの衣装は部屋に入りきらないですね...! 展示されている場所は、普通の高さの部屋でした。

中2階にあった「藤山一郎作曲ルーム」の展示で知ったことだが、紅白歌合戦に出演すると、一人一人に記念のトロフィーが送られるとの事。藤山一郎さんに送られたトロフィーがずらりと展示されていた。
結構大きなトロフィーで、トロフィー作成にもお金がかかり、我々の受信料がこんな所で.... とも思ったが。
広末涼子さんも1997年紅白歌合戦に出演されている。という事は、広末さんも紅白歌合戦のトロフィーを持っているという事になるのか。

NHK放送博物館は、愛宕神社の急な階段を登らなくても、愛宕山トンネルの入口にある「愛宕山エレベータ」で行く事が可能です。
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2007/07/21

江戸東京博物館 (2) 常設展他

「大鉄道博覧会」を見た後、江戸東京博物館の2Fにある「レストラン モア」で昼食を食べる。
午後2時だというのに食券売り場にはなかなか前に進まない列が。
食券売り場で食券を買い、席に就く。
あちこちに空席のテーブルがある。
普段は客が少なく、多客時の運用体制が出来ていないのかもしれないけど、効率の悪さを感じる。
..外から見た感じだと、1Fのレストランもそんな感じだった。

3Fから高低差のあるやたらと長いエスカレータに乗って、5Fにある常設展に向かう。
ここ数年、高低差のあるエスカレータに乗るのが怖い。特に下り。
高所恐怖症というわけではないと自分では思っているのだが。展望台等に行くのは特に支障はない。
そう言えば子供の頃は、下りのエスカレータに怖くて1人で乗れなかった。
エスカレータの途中で、後ろと振り向く。
振り向かなければ良かった。怖くなってきた。半ばエスカレータの手摺にしがみつくような感じで上まで登った。

歩き疲れてしまったのか足が痛く、常設展はほどほどに見学。
かなり昔ではあるが、常設展は以前見学した事がある。
その時は、東京に遊びに来ていた両親と一緒に行ったのだった。

常設展の見学を終了。
かなり迷ったのだが、嫌な予感がしたのでエスカレータではなく、エレベータに乗って下に降りて来てしまった。

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2007/07/20

江戸東京博物館 (1) 大鉄道博覧会

7月16日、東京・両国の江戸東京博物館で開催されている「大鉄道博覧会」に行った。

「大鉄道博覧会」は江戸東京博物館の1Fにある企画展示室で開催。
両国駅を降り、江戸東京博物館の1Fに入る。
チケット売り場には長い列が出来ていた...。あぁこんなに人気があったのか。
先に昼食にしようかとうろうろしたが、混雑していたので食事は後回しにし、先に「大鉄道博覧会」を見ることにする。
チケット売り場に並ぶ...。うぅむ..販売効率が悪いんだな。自販機は設置されておらず、係員による販売。係員はパソコンを操作して発売する券の種類を選び、1枚1枚チケットを販売している。
常設展共通券・一般 1520円を購入。

「大鉄道博覧会」に入場する。

自分的にヒットしたのは、「集団就職の様子」と「盆・年末年始の帰省列車の様子」。

「集団就職の様子」の展示によると、中卒で主に東北から上京してきた人達は、6畳の部屋に6人暮らし、労働時間も長く、給料も当時の平均的な月給の半分以下と、過酷な労働環境だったそうだ。
そう考えると、映画「ALWAYS 3丁目の夕日」で出てきた六ちゃんなんて、まだまだずいぶんと幸せな環境だったんだなぁと思った。
あの六ちゃんの環境でさえ、「自分には耐えられないかも」と思った。
その当時は、都会の人は優雅な労働環境の職に就き、地方から出てきた集団就職の人は過酷な労働環境の職に就くという構図があったらしい。
ここ最近、正社員と非正社員(派遣社員等)の「格差」の問題を新聞記事等でよく見かける。形は違うが、昔も「格差」はあったんだなぁと思った。

「盆・年末年始の帰省列車の様子」の展示によると、昔は故郷に向かう夜行列車に乗るために早くから並び、上野駅ではそれらの人の待機場所として、東京文化会館の前に特設の「テント村」が開設されていたそうだ。
今も帰省ラッシュはあるが、今では考えられない風景だった。
自分の帰省先は東北ではなく、夜行で帰るような距離ではないから比較は出来ないのだが、今はせっせと混雑している新幹線に次々と乗り込んでいくといった風景だ。

あまり目立たない場所であったが、「つばめ展望デッキ」の傍に張ってあった、昔の鉄道ニュース(名称失念)の記事もよかった。湘南電車(昔の80系)や、151系「こだま」のデビュー時の記事等が載っている。

入場料がやや高く、大規模な展示会ではなかったが、自分的には結構良かった。
所要時間は約1時間。
家族連れや鉄道ファンらしき男性が中心の客層ではあったが、1人できているお年を召した男性が結構いたのが意外であった。

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2007/07/10

東京国立博物館

7/7、東京・上野の東京藝術大学大学美術館で開催されたJR東日本展を見学した後、上野駅までの帰り道の途中にある「東京国立博物館」に行った。

東京国立博物館の前を通り過ぎた事は何度もあるが、中に入ったのは初めてだ。
いつも門の前に長蛇の列が出来ていた出来ていた記憶があるが、この日は特別展が開催されておらず、閑散としていた。
客は、親子連れ・家族連れやカップルの人は少なく、一人で来ている人が比較的多かった。大学生ぐらいの女性1人の人が意外といた。他の博物館(例えば同じ上野にある国立科学博物館)とずいぶん客層が違うなぁ..と思った。
外国人の人も多かった。

この手の分野にはあまり詳しくなく、じっくり鑑賞して感心するといったわけではなかったが、全てを回るのに3時間程度かかってしまった。見落とした所があるのかもしれないが...。

本館:
日本の物を展示。2階建て。
自分が特に目を引いたのは下記の2展。
・特別展示されていた「遊び道具(金属で出来たくねくねする動物のおもちゃ、かるた、すごろく)」。江戸時代のもののようで、こんなに昔からこんなものがあったのかと、驚いた。
・「保存と修理」のコーナー。

平成館:
2階建て。
1Fの半分は日本の考古学(埴輪等)の展示。埴輪がずらりと並んでいた。
もう半分はホールで休憩コーナーもあり。
2階は特別展用のスペース。2階に勝手に上がっていかないように、階段・エスカレータの前で職員の人が立って見張っていた。1日中立っているのかな? 大変だなぁ。

表慶館:
2階立てであるが1階のみ公開。
PR館見たいな感じで使われており、実質的な展示はなし。

法隆寺宝物館:
明治時代に法隆寺から皇室に献納され、現在国が所有するものを展示。2階建て。
広々と展示物が展示されており、建物も豪華だ。いったいいくらかかったのだろう!... と思った。

東洋館:
アジアの物を展示。3階建てだが中2F・中3Fがあり、下から順番に階段を上がって回遊していく形になっている。バリアフリーという店では問題だと思うが、見やすい配置だと思った。
エジプトの「ミイラ」が最も印象深かった。
なんだろう。日本の展示物は学生時代に習った歴史の教科書や資料集、他の博物館でも見た記憶があるようなものが多いが、日本以外の展示物はあまり見た記憶のないものが多い。
国立博物館の趣旨から外れる分野なのではないかと思われるが、日本のものよりも興味深く見てしまった。

・左:正門、右:本館
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・左:法隆寺宝物館、右:黒門(法隆寺宝物館の前から撮影)
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2007/07/08

「企業のデザイン展」JR東日本展

7/7七夕の日、東京・上野の東京藝術大学大学美術館 陳列館で行われている『第2回「企業のデザイン展」JR東日本展 - 鉄道のデザイン~過去から現代・未来へ~』に行って来た。
この展示会の入場は無料。

大学美術館には到着したものの、陳列館の場所を通り過ぎてミュージアムショップまで行き、ミュージアムショップの中で展示場所を探してしまった。

陳列館の入口では、パンフレットの他、「普通入場券 陳列館前駅 料金0円」と書かれた切符(硬券ではない)が置かれており、印字機を通して日付を封印し、パンチを入れることが出来る。
で...、家に帰って切符を確認したら、「19.-7.-1.」と封印されていた..。あれ?

展示は1Fと2Fに分かれていた。
1F: 昔の展示(切符、ポスター、駅弁の掛紙等)と2007年10月オープン予定の鉄道博物館に関する展示
2F: 現在の展示(Suica、駅舎、鉄道車両、駅等の案内板等)

1Fの「DISCOVER JAPAN」(国鉄が1970年から始めたキャンペーン)のポスターは見入ってしまった。
日本の風景の写した写真が1枚大きく印刷しており、それに一言言葉が付く。この言葉は特定の商品に対する直接的な宣伝文句ではなく、「日本と旅してみませんか」のような何気ないもの。
今から35年以上前に、こういったタイプの広告があったのかと、驚いた。
「DISOVER JAPAN」は、現在も存在する女性誌「anan」や「ノンノ」とのタイアップもあったとの事。「anan」や「ノンノ」ってそんな昔からあったのかと、そういう点でも驚いた。

「鉄道博物館」の展示では、貴賓車等の車両搬入作業の写真がパネルで紹介されていた。鉄道博物館の現在の内部の様子を写した写真もあり。
良いものを見させていただいた。
車両の重要度(重要度ではなくて古さかな?)によって運搬時の梱包の仕方が異なるのだなぁと思った。

この「JR東日本展」、東京藝術大学大学美術館での開催は7/17まで。7/24からは新橋の「旧新橋停車場 鉄道歴史展示室」に場所を移して開催されるとの事。
新橋の鉄道歴史展示室は、今回展示が行われた東京藝術大学大学美術館陳列館の半分強の広さなのではないかと思われた。
展示物を詰めて配置すれば、同じ量の展示物を新橋の鉄道歴史展示室でも展示できそうではあったが、どうなるのだろう...。

P7070004

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2007/06/02

鉄道博物館 建設現場

JRおおみや鉄道ふれあいフェア2007に行った後、鉄道博物館の建設現場に寄ってみた。
大宮駅から埼玉新都市交通(ニューシャトル)に乗って「大成駅」で下車。

大成駅では、鉄道博物館の開業に向けて改良工事中であった。
P5260115

大成駅を出る。
大成駅側からは建設現場はほとんど見えない。
東北本線・高崎線の車内か、線路の反対側まで回らないと駄目そうだ。
反対側まで歩いて行くのは遠そうだったので止めた。
収蔵車両が置かれていないかなぁとも思ったが、かろうじてクハ485のボンネット車らしきものが1両見えただけだった。

大成駅の大宮方面のホームからは見る事が出きるかな? と思ったが、ホームの線路と反対側が工事用の鉄板で覆われていて外が見えなかった。
残念。
かろうじて見られたのは、ホームの端から大宮方面。
左に少し写っている建物は鉄道博物館の建物。
P5260118

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2007/04/29

大回顧展モネ 印象派の巨匠、その遺産

ヴィーナスフォートで昼食を食べた後、「国立新美術館」に移動。
「青海-(ゆりかもめ)→豊洲駅-(東京メトロ有楽町線)→有楽町駅-(徒歩)→日比谷駅-(東京メトロ千代田線)→乃木坂駅」と移動したが、こう何回も乗り換えする時はPASMOは便利だなぁと思った。有楽町駅→日比谷駅の徒歩は遠かったなぁ~。

国立新美術館では「邦人(エトランジェ)たちのパリ 1900-2005 ポンピドー・センター所蔵作品展」、「大回顧展モネ 印象派の巨匠、その遺産」といくつかの公募展が開催されており、その内「大回顧展モネ 印象派の巨匠、その遺産」を見た。

モネの事、よく知らない...というか名前しか知らないのだが、良かったなぁ。

そう言えば、美術館に入ったのは、六本木ヒルズの森美術館を除くとはじめてかも。
森美術館は積極的に行ったわけではなく、展望台に行ったときに森美術館とのセット券しか売ってないから、しかたなく入場したようなものだったし。
博物館は数え切れないほど行っているのだが。
これからは美術館にも行ってみようかな。

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2007/04/28

ノマディック美術館

4/22、所用で東京に来ていた妹と「ノマディック美術館 Ashes and Snow」に行った。

ノマディック美術館は、お台場の東京テレポート駅前で3/11~6/24の期間限定で特設されている美術館。
グレゴリー・コンベール氏による人間と動物のふれあいを撮影した写真や映像が展示されいる。美術館と名前が付いているが、「絵」は展示されていなかった。
建物は、コンテナを積み上げて作られている。
P4220005

この日のお台場は強風。コンテナは1段おきに斜めに積まれており、その間にはテントが張ってある。屋根もテントだったかな? 強風でそのテントがはためいており、建物の中はものすごく音がする。風で揺れている展示物もある。
コンテナは同じ大きさのコンテナを真上に積み上げていくのが正規の積み方と思われ、ノマディック美術館のような斜めの詰み方は正規ではないと思われる。不安定な状態になっており、強風でコンテナが倒れてくるのではないかと怖かった。

ノマディック美術館の写真や映像、なんだか不思議な感じだった。
にわかに信じられない動物と人間のふれあい。
CGなのかと思ったが、そういうわけではないようだ。
テレビ等で自分が知っている「自然の風景」といった感じではない。自分が知らない世界では、このような人間と動物のふれあいを行っている国があるのだろうか。或いは作られた人間と動物のふれあいなのだろうか。
どうやって撮影したのだろう?? 出てくる人間は現地の人なのだろうか。それともどこからか連れてきたプロのモデルの人なのだろうか...。と、ややひねくれた事も考えてしまった。

会場を出るとミュージアムショップがあり、ポストカードや写真集、その他グッズが売っている。ポストカードや写真集は見本が置かれている。
美術館で展示されている巨大な写真よりも、ポストカードや写真集の普通サイズの写真をじっくり見た方が綺麗に見えた。そういうものなのだろうか。

ポストカードや写真集、全体的に値段が高めなのだが、その中でもひときわ目を引く高額な写真集が販売されていた。その額なんと3500000円。0が1つ、いや2つ多いのかと思って数え直してみたが、間違いない。
ひぇー...。買う人いるのだろうか?
→ と思って検索していたら、350万円の写真集を買っている人を目撃したという人がいた。(参考:果報は寝て待つ~上機嫌でぐうたらな暮らし~)
もしこの350万円の写真集を購入した場合、現物を手で持って帰るのだろうか? 350万円のものを手で持ち帰るのは怖いよなぁ...。それとも、ガードマン付きで家まで届けてくれるのだろうか?
さすがに高いだけあって、ガラスケースの中に見本が入っていて手にとって見ることは出来なかった。

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2007/04/24

福岡・北九州の旅 (18) 北九州市立交通科学館跡

志井公園駅付近、人があまりいない。
駅の近くに志井公園のアドベンチャープールがあったが、夏季のみ営業。夏は賑わうのかな?
その向かいに、「北九州市立交通科学館」があったが、閉館したようだ。中には入れないが、敷地の外から屋外の展示物が見えた。
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2007/04/23

福岡・北九州の旅 (16) 九州鉄道記念館

門司港に来た理由、それは九州鉄道記念館に行くためである。

門司港駅からは至近距離に見えるが、現地に行くにはやや(といっても少しだけではあるが)遠回りしないと行けなかったりする。
P4010260

左はC591、右はEF10。
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キハ07形。この気動車は機械式(自動車で言う所のMT式)の変速機を持ち、2両連結して運転する時はそれぞれの運転席に運転手が乗り込んで、合図をしながら運転したとの事。2番目の写真は運転席で、ギアが見える。
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485系(クハ481)。
P4010237

581系に見せかけた715系(クハ715)。715系は寝台電車581系を近郊型に改造したもの。車体は581系の色に塗られているが、中身は715系のままのようでドア付近はロングシート化されたままの状態であった。寝台設備は残っているようで、1区間・下段のみであったが寝台がセットされていた。
約15年ぐらい前、福島県に住んでいた頃に、この車両によく乗ったのを思い出した。(但し、よく乗ったのはここで展示されている九州用の0番台ではなく東北用の1000番台。) 改造前の581系・583系には乗った事ないのだが。
元特急車だけあって座席が広く、乗り心地も結構良いのだった。
九州用の0番台と東北用の1000番台はずいぶん前に廃車されたが、同類の北陸用419系は現存している。
P4010242 P4010244

車両展示場の見学を終え、本館に行く。
P4010254

本館の中は、1Fの明治時代の客車と鉄道模型コーナー、2Fは九州地区の鉄道の歴史の展示が主。
全国を対象とした展示物や、鉄道技術を対象とした展示物はほとんどない。
あまり広くはなく、交通博物館などと比べると「しょぼいなぁ」と正直思ってしまったが、まぁこんなものなのかな。他と同じようなものを展示してもしょうがないしな。
2F奥の「情報コーナー」では、なぜかBトレインショーティの開封販売をしていた。

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2007/03/21

平泉・くりはら田園鉄道の旅 (10) 細倉鉱山資料館

細倉鉱山資料館」に行く。
細倉マインパーク前駅から西に約5分、こちらは緩い坂のみ。

観覧料300円を払い、館内に入場する。
まずは1Fのビデオコーナー。細倉鉱山が閉山(1987年)してして間もない頃に作られたと思われるもの。
2Fは展示コーナー。細倉鉱山の歴史、日本の鉱山の紹介、鉱山作業の紹介(模型あり)、鉱物館など。
大規模な展示ではないが細倉鉱山の事が良く分かり、「細倉マインパーク」の展示よりも為になった。

入口で配布されていたパンフレットでは、展示物を通り抜けると入口とは別の場所にある出口に辿り着く事、出口には売店がある事になっていた。しかしながら、最後の展示物まで行っても出口又は出口に向かう扉が見当たらない。一方通行を前提とした展示レイアウトの中を逆向きで入口まで戻る事にもどかしさを感じたが、人件費等の関係上仕方ないのでしょうね。売店もありませんでした。
パンフレットはずいぶん昔に作られたもののようで、電化時代の栗原電鉄の写真が載っていた。(駅は細倉マインパーク前駅になっています。)

外には、坑道で使用されていた車両の展示もある。
P3110127

細倉鉱山資料館の向いに川を挟んで細倉鉱山(細倉金属鉱業の工場)がある。昔は工場の中まで線路が続いていたようだ。
P3110124

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2007/03/18

平泉・くりはら田園鉄道の旅 (9) 細倉マインパーク(その2)

続いて「郷土資料展示室」に行く。ここは土休日等のみ営業。
ここでは現在、くりはら田園鉄道の写真展と、映画「東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン」関連の展示が開催されているとの事。
※ 映画「東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン」はこの辺りで撮影されたようで、こことは別の場所でロケセットも公開されているとの事だった。

「郷土資料展示室」、昔の農機具などが騒然と並べられていた。遠方からわざわざ見に来るほどのものではないなぁと思う。折角作った真新しい建物をそのまま閉鎖してしまうわけには行かず、捻り出して作ったって感じの臭いがする展示室。

「くりはら田園鉄道の写真展」、昔の写真等が飾られていて結構良かった。
細倉鉱山が現役の頃は貨物輸送も行われ、にぎわっていたということが分かった。
観光坑道の場所から郷土資料展示室までもやや距離がある。体力のある人は行く価値はあるだろう...。

この「郷土資料展示室」がある場所、「ドームゾーン」として運用されているようだが、現在休業中。
園内の案内図によると、マウンテンコースター(屋内型ジェットコースター)、シミュレーションシアター、ゴーカードがあり、現在「郷土資料展示室」として使用している建物の中には3D映画館とレストランがあった模様。施設はどれもまだ新しい。
もう二度と営業再開する事は無いのかな? と思わせる雰囲気。
観光坑道の直ぐ横にあればまだよかったのであろう。観光坑道からわざわざ歩いてまで来る価値はなし..といった感じがする。

・「ドームゾーン」の案内図
P3110116

・左の写真、ゴーカード。
・右の写真、左側のドーム型の建物がマウンテンコースター、その右がシミュレーションシアター、さらにその右が現在「郷土資料展示室」として使用されている建物。
P3110117 P3110119

「細倉マインパーク」の各施設を見回っていると、少し前に読んだ萩原浩著の「メリーゴーランド」という小説に出てくる第3セクターのテーマパークが連想させてしまった。

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平泉・くりはら田園鉄道の旅 (8) 細倉マインパーク(その1)

細倉マインパークに行く事とする。

細倉マインパークは細倉マインパーク駅から北に約1km、登り坂がずっと続く。
やっとの事で細倉マインパークに到着。
P3110098 P3110110

800円払って観光坑道に入場する。細倉鉱山して使用された坑道を、観光用に整備したとの事。
P3110102

初めの1/3程度は、鉱山の歴史ゾーン。鉱山で使用した道具・バッテリーカーや、作業風景等が紹介されている。
鉱山での仕事って、命懸けだよなぁーと思う。展示物を見ると、必ずしも安全面に気が配られているようには見えなかった。ちょっとの気の緩みで、大事故がおきてしまいそう。
P3110106

残り2/3は、コンセプトの良く分からないタイムトラベルゾーン。
鉱山紹介だけでは人が来ないから、子供が喜ばないから、リピーターが来ないから...等の理由で作ったのだろうか。
東京の企画会社辺りに提案させて作ったのかなぁ?
大した意味は無いが、お金だけはかかっているという印象を受けた。
メンテナンスが大変そうだったが、メンテナンスが行き届いていたのは関心。

観光坑道を出る。ちょうど昼時なので、昼食を食べる事とする。
観光坑道の建物の隣にレストハウスが建っていたが、今日は?(ではなくてもうずっとなのかな?)営業していないよう。

観光坑道の建物内にある「かあちゃんレストラン」で「はっと定食」(1000円)を頼む。
「はっと汁」という汁物と、これだけで十分だと思われる豪華な料理が出てきて驚いた。
「はっと汁」には、宮城名物の「はっと」と呼ばれる小麦粉をこねて作った団子のようなものが沢山入っており、これだけでもお腹がふくれた。
初めて「ほっと」を食べたが、好みの分かれる食べ物だろうなと思った。自分的には...あまり好みじゃなかった。
P3110109

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2006/12/17

氷川丸

氷川丸の主な歴史を下記に記載する。
・昭和5年: 日本郵船所有の貨客船として竣工。シアトル航路に就航。
・昭和16年: 海軍によって徴用、病院船となる。
・戦後: 日本郵船に復帰。
・昭和28年: シアトル航路再開。
・昭和35年: 引退。
・昭和36年: 山下公園の現在の場所に係留。観光用に内部が公開され、修学旅行生を主なターゲットした宿泊施設としても営業開始。
・昭和48年: 宿泊施設としての営業を終了し、現在に至る...。

昔は氷川丸で宿泊できたのか...。知らなかったし驚いた...。修学旅行で氷川丸に泊まったという思い出がある方もいらっしゃるのですね。
船内を見学した感じでは、決して居心地の良い宿泊施設ではなかったような印象を受けたが、当時としては「全室ベット」という画期的な宿泊施設だったらしい。船内には、その当時のパンフレット等が展示されていました。

中の展示物の記述で知った事だが、処女航海では四日市港に寄港したらしい。(ちなみに、他に清水港、横浜港にも寄港)
自分は四日市出身なのだが、とても驚いた。なぜなら、現在の四日市港では、外国航路の大型客船の寄港が想像できないから。(横浜の大桟橋のような客船ターミナルもありません。)

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入場券を買い、氷川丸に乗船する。見学者が多く、船内は混雑している。
展示物は、「エンジンルーム」「日本・世界の客船の歴史紹介(含む模型)」「氷川丸の歴史紹介(含むグッズ類の展示)」「操縦室・船長室・客室・ダイニングサロン室」「デッキ」等。

・左の写真は、エンジンルームの計器。エンジンルームで流れている映像によると、この状態はエンジンが稼動して進行している状態のようだが...。
・右の写真は、3等船客用御浴場。内部は非公開
Pc160036 Pc160041

・左の写真は、船首から見たしたブリッジ。左に写っているのは横浜マリンタワー。
・右の写真は、操縦室から見た船首部分。
Pc160055 Pc160060

・左の写真は、1等ロンジ。豪華だ。
・右の写真は、船尾から見た船首方向。
Pc160086 Pc160093

展示物が多く、2時間程度かかった。
建造後75年経っていることもあり、痛みが目立つ。
閉鎖後は、日本郵船が管理?する事になっている。今後は方向は未定のよう。
何とかこの場所に保存して欲しいと思う。

船を出ると、入場するための長い行列が出来ていた。

・氷川丸全景
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・横浜マリンタワーからみた氷川丸
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・おまけ。船首部分から見たみなとみらい地区。
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氷川丸と横浜マリンタワー (序章)

横浜市にある氷川丸と横浜マリンタワーが、12月25日をもって営業を終了する。

12月17日に行ってきた。
氷川丸・横浜マリンタワー共に、自分が横浜に越して間もない頃(10数年前)に1度行った事がある。氷川丸・横浜マリンタワーに行くのはそれ以来である。

横浜高速鉄道・みなとみらい線の横浜駅で「氷川丸・マリンタワー絵柄」のみなとみらい線一日乗車券を買い、元町・中華街駅まで乗車、そこから山下公園まで歩く。

山下公園には、「横浜トリエンナーレ2005」の時に作られたオブジェがまだあってびっくり。
Pc160011

※ 「氷川丸・マリンタワー絵柄」のみなとみらい線一日乗車券は、横浜駅南口改札口前で12月25日にまで販売される。販売時間や販売枚数も限定されている。
詳しくは、みなとみらい線公式HPのこちらのニュースリソース参照。

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2006/12/03

弥彦・黒部峡谷・神岡鉄道旅行記 (10) 黒部川電気記念館

宇奈月駅に到着。
富山地方鉄道に乗り換えて富山に戻る予定であるが、次の電車までやや時間があったので、宇奈月駅前にある黒部川電気記念館を見学する。
関西電力が運営している記念館で、入場無料。
建物は3階建てだが、公開されているのは1階のみ。
Pb240186

黒部ダムに関する展示がしてある。黒部ダムの模型がでんと構える。その他黒部ダムの今や歴史を伝える映像等。

その中で、「日電歩道」の紹介が驚いた。日電というのは「日本電気」の略ではなく、当時黒部ダムの開発を行った「日本電力」の略との事。
ダム建設の資材を運搬する為、崖に沿った狭い道(崖側に柵などはなく、時折板をかけただけの部分があったりもする)を、人が大きな荷物を肩に担ぎ、普通の道を歩くのと同じような速度で歩いている昭和初期の映像が写る。
...命懸けの仕事だ...。自分にはとても真似できない。崖から落ちる等して亡くなった人は大勢