« 鈴鹿 (1) 鈴鹿市伝統産業会館 | トップページ | 中華厨房寿がきや「寿がきやラーメン」 »

2014/05/20

鈴鹿 (2) 大黒屋光太夫記念館

続いて若松にある大黒屋光太夫記念館へ。

鼓ヶ浦から狭い道(後で調べた所旧伊勢街道でした) を通り白子を抜けてきました。
白子から北の一部区間は以前はバス(四日市~白子の系統)が走っていました。一度だけ四日市から白子までこのバスで来たことがありました。
白子に住んでいた祖母の家には風呂がなく(正確にはあったが故障したまま放置されていた)、夏休みや正月に祖母の家に来た時は祖母・おじ・おばやいとこ達と銭湯(江島温泉)に行きました。銭湯に行った後、海を見てこようとなって行ったこともあります。「せっかく銭湯に行ったのにそのあと海に行ったら意味ないやん」なんて言われてたりしたんだったかな。懐かしい気持ちになりました。その銭湯が現存しているかどうか確認できずに通り過ぎてしまいましたが、後で調べた所なくなってしまったようです。

で、ちょっと迷って(行き過ぎて戻ってきたりして)「大黒屋光太夫記念館」に到着。
狭い路地に入った、若松小学校の前の分かりにくい所にありました。(若松駅と千代崎駅の間ぐらいの位置です)

2014050611320000

大黒屋光太夫は江戸時代の回船の船頭で、白子から江戸に向かっていた回船が漂流し、ロシア北東のアリューシャン列島に漂着。その後ロシア本土に渡り、シベリアを通って当時のロシアの帝都のサンクトペテルブルクに行く。女帝に謁見して帰国を願い出て許され、漂流から約9年半後に日本に帰国したという人物です。
英雄とはちょっと違います。(と自分は思います。)

映画化や小説化されており、以前読みました。
小説で読んだ通りだったんだなぁと、復習みたいな感じになってしまいました。

帰国後に亡くなった小市の遺留品が各地の寺に貸し出されて、「追悼式」(だったかな?)の名目で入場料を取って展示が行われたようで「ひどいよなぁ」と思いました。その当時も寺はそんなに神聖な場所ではなかったのかな?

(完)

|

« 鈴鹿 (1) 鈴鹿市伝統産業会館 | トップページ | 中華厨房寿がきや「寿がきやラーメン」 »

お出かけ - 博物館・美術館」カテゴリの記事

地域 - 東海」カテゴリの記事

コメント

高校の同級生(若松)が、館長やってましたが、まだやってるかな?
行ったことありません。

投稿: 淀風庵 | 2014/05/23 09:19

> 淀風庵さん

受付には女の方が1人いました。
(館長ではなさそうでした。)

投稿: やいゆえ横浜住民 | 2014/05/25 10:38

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 鈴鹿 (2) 大黒屋光太夫記念館:

« 鈴鹿 (1) 鈴鹿市伝統産業会館 | トップページ | 中華厨房寿がきや「寿がきやラーメン」 »