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2011/02/11

祖母の葬儀

2月4日、父方の祖母が亡くなりました。
94歳でした。
特養に入所していました。症状が悪くなってもその後回復したりしていたので、なんだかんだでひょとすると100歳まで行くのではないかと思っていましたが、さすがにそれは無理でした。
祖母の94年間の人生が幸せだったのか、遺族の1人として幸せな人生を送らせてあげる事が出来たのか、自信は持てませんが、大往生であったことは間違いないかと思います。

これで自分の祖母・祖父は全員亡くなった事となりました。
祖父の方は父方・母方とも早く亡くなった(母方については母が高校生の頃に亡くなった)のですが、祖母の方は父方・母方共に90代まで生きました。(母方の方は数年前に亡くなりました)
ちなみに、父方の祖父の姉が祖母よりも年上(100歳までは行っていない)で生存しています。
人の寿命に遺伝の影響があるという説があるようですが、自分はどちらに転ぶんでしょうね。

今回の通夜・葬儀は葬祭場で行いました。祖父が亡くなった頃(21年前)は自宅で行いました。以前は住んでいる所の近所では自宅で地域ぐるみの協力で行う場合が殆どでしたが、最近は諸事情(勤め人が多くなったので協力を得るのが難しい等)により葬祭場で行う場合が殆どのようです。

通夜の日、葬儀場の親族用控え室に入った所、祖母は布団に寝かされた状態でした。
あれ? この状態なの? 棺桶の中に入れないの?と思う。母方の祖母の時は親族用控え室に着いた時には棺に収められた状態でした。
母に「xx時から納棺が行われるので間に合ってよかった」みたいな感じの事を言われ、???何の事だ?? と思う。
そのxx時に男1人・女1人が部屋に入ってきた。棺に収めるとの事。
部屋に風呂桶やシャワー、配水用のポンプ、タオル等が運ばれてきました。
男もこの場所に居て良いのか? 立ち去った方がよいのではないかと思ったが、係の人には退出してくれとは言われず、寧ろよろしかったお付き合いくださいみたいな感じのことを言われる。
???
風呂桶の上に台が置かれ、その上に祖母の死体が移され、こちら側からは見えないようにタオルで隠された状態で浴衣を脱がされて上にタオルがかけられた。
その後、係りの人が儀式の説明を行われる。
清めの儀式を行うとの事。この桶にはぬるま湯が入っている。ぬるま湯を作る時は普通は湯を入れてその後に水を入れて薄めるが、先に水を入れてその後の湯を入れたものとの事。普通は杓子を右手を持って使うが、杓子を左手で持ち、足から胸にかけて足のほうに傾けながら死体に湯をかけるとの事。是非やってくれとの事で、自分も含めてその場に居合わせていた親族全員がそれを行いました。
その後、祖母の顔にシャワーがかけられ、剃刀で顔の産毛をそり、石鹸を使って顔や髪の毛を洗って...。祖母の顔が見えてしまうので、なんだか直視するのが辛い状況になりました。
そこではっと気付きました、「おくりびと」(映画)だ! 作業を行っている人は「納棺師」でした。
2人で時には連携し、時には役割分担をして上手い事作業を進めていきます。
「おくりびと」ではもっくん(本木さん:男性)が女性の胸や局部の洗浄も行っていたと思いますが、女性の納棺師のみそれを行っていました。男性の納棺師はタオルを使ってこちら側から見えないように隠したり、タオル越しで身体を起こしたりする役目です。男性の納棺師からは祖母の局部が見えないように行動します。
洗浄・着替え後は、女性の納棺師が化粧を施している間に、男性の納棺師が風呂桶の片付け等を行っていました。
最後に、自分も含めた親族何人かで祖母が載せられた布団の端をもって棺桶に移し、父や母が用意してきた棺桶に一緒に入れる副葬品を入れ、遺族の何人かで棺桶の蓋を閉めて終了でした。
実物の納棺風景は初めて見ました。
あわてるような事はなく静粛に作業を行い、間違えたりもしない。自分のように「あっ!」なんて声も発しません。
プロって感じました。
女性の納棺師の方は結構若い人でした。何を思って納棺師になろうと思ったのかなと、「おくりびと」を見てやろうと思ったのかなとか、そんな事を思いました。

通夜や葬儀を行う葬祭ホールでは、儀式の本番中以外は、小さな音で音楽が流されていました。
流されていた音楽は、映画「秘密」の主題歌・竹内まりやさんの「天使のため息」でした。
インストルメンタルで、岬公園で直子と平介がお別れをするときにBGMで流れれるものと同じようなアレンジです。
なぜこれが....。映画と同じ「別れ」ではありますが、映画のあのシーンの意義を考えると必ずしも適切ではないような気がしなくもありませんでした。
映画「おくりびと」と映画「秘密」、こんな所であの人(両方の映画に共通して出演している人)つながりが出てくるとは思いもしませんでした。

祭壇に並べるものや、通夜や葬儀のお経が、祖母の時とは若干異なりました。
父方も母方も仏教の同じ宗ですが、派が違います。他の宗であればもっと異なるのでしょうか。うちの宗では木魚は使用しません。
祭壇に並べるものは、派の違いというよりも葬祭場の違いによるものなのかもしれませんが。

通夜では(初七日もそうでしたが)、一部箇所を除いて全員がお経を合奏する方式です。
祖母はリズム感が悪かったのか、過去の法事などで「ひとりだけずれる」事が多かったです。ひとりだけ他の人よりも先に進みます。それを聞いて笑いがこらえられなくなった事がありました。そんな事をお経を読みながら思いました。

葬儀の後、火葬場に移動して火葬しました。
火葬後、焼かれた死体がそのまま運ばれてきます。
火葬場の係員と参列者2人の間の箸渡しにより、足のほうから頭にかけて順番に骨を選んで納骨壷に収めました。
母方のときは喪主のみが焼かれたそのまま死体と直面し、その中から骨を選んでこちらに持ってくるという方法(つまり喪主以外は死体とは直面できない)でした。骨を入れる順序も特にありませんでした(頭蓋骨だけは最後だったかも)。
これは葬儀所の違いであるかと思います。
母方の時と比べるとずいぶん丁寧のように感じました。

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コメント

いろいろお疲れ様でした。
詳細な様子がよく分かりました。
納棺師のやりかたは、母方の祖母と同じですね。
お経は抑揚があって昔の歌謡を思わせ風雅でした。

投稿: 淀風庵 | 2011/02/12 22:41

> お経は抑揚があって昔の歌謡を思わせ風雅でした。

昔、お経の本に楽譜が載っているのを見た記憶があります。ほんの一部の部分だけでしたが。

他の宗派のお経がどんな感じなのかは知りませんが、
うちの宗派のお坊さんはみんな歌が上手いのかな? なんて思ってます。
毎日お経を読んでいるとボイストレーニングになりそうです。

投稿: やいゆえ横浜住民 | 2011/02/13 01:25

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