« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »

2008年12月の10件の記事

2008/12/26

飯島愛さんの死

元タレントの飯島愛さんが自宅マンションで死亡しているのが見つかりました。
死因は特定できていないようですが、死後1週間経っているとの事です。

何だかショックでした。
いろんな意味で。

初めて目にしたニュースのタイトルが「飯島愛さん (36)」でした。
自分と同じ年齢です。
死に方が何だか虚しい。
そして、自分にも同じような感じで死ぬ可能性があるのではないかと。

飯島愛さんの死因は分かっていないようですが、「自分は突然死するのではないか?」という恐怖感があったりします。
健康的ではないと思うし、自分で「無理している感」があったりします。あまりよく寝つけない事が多かったり、夢でうなされて何度も目を覚めたり。逆に朝起きるのが辛いし、昼間耐えられないほど眠くなってくる事があったりする。

自分は一人暮らしなので、もし自宅で死んでしまったら「死後1週間見つからない」という事も大いにありうるように感じます。
日頃からまめに連絡を取り合っているような人もいないし、毎日ブログを書いて存在を示しているわけでもない。自宅の場所を知っている人もほとんどいないし、1週間では済まないような気もする。
今は働いているし、頻繁にしかも長期間会社を休んだりはしていないので、唯一の救いは職場かなと思ったりする。

飯島愛さん...
世間ではバカと思われているかもしれないが、実は彼女は賢いのではないかとテレビを見て思ったりしていました。
確かに知識は無いのかもしれない。だから学校の成績は悪かったのかもしれない。
しかし、物事を分析して呑み込み、捉えて思考する力が凄いのではないかと思った事がある。
本当に天才なのは、「知識が豊富な事」ではなく「思考する能力が高い事」だと思ったりします。
惜しい人を亡くしたような気がします。

最後に、
自己掲示欲の塊みたいな発言になってしまいますが、
もし自分が死んだら、このブログに「死んだ!」と誰かが書いて欲しいと思っています。
死んだ事も知らされずに、自分が存在していた事が忘れ去られていくのは悲しいと思います。

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2008/12/21

ホッケの刺身

「生ホッケのサラダ丼」なるものを日替わりメニューとして見つけ、食べてみました。
ホッケの刺身が入っている丼ものです。

ホッケの刺身を食べるのは初めてです。

「ホッケの煮付けを食べた。」 (麻生首相。学生との居酒屋対談について)

「ホッケの煮付けはない。ホッケは焼くしかない。」 (大島国対委員長)

北海道ではホッケの煮付けや刺身がありますよ。 (北海道の漁協の人)

というやり取りがあったのを思い出しました。
自分はホッケは焼き物しか見た事も食べた事がなかったので、当時このニュースを聞いて驚きました。
このニュースがなければ、今回「生ホッケ」の文字に目が行って食べる事がなかったかもしれないし、ひょっとすると店側も「生ホッケ」のメニューを出す事がなかったかもしれない。
そう考えると....、
麻生総理ありがとう m(__)m

ホッケの刺身、ハマチの刺身みたいな感じで、油がのっていて美味しかったです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/12/20

奥さんはいません

女の人から
 「クリーニングですけど、奥さんいらっしゃいますか?」
とセールスの電話がかかってきた。

正直に、
 「奥さんはいません。」
と答えた。

電話はあっさりと終わったのですが、相手はこの返事をどう受け取ったのだろう。
「奥さんはいません。」の意味として下記の2つが考えられる。
① 奥さんは外出しているので今はいません。
② 結婚していないので奥さんそのものがいません。

私の答えは②の方です。
電話をかけてきた相手は①を聞きたかったのだと思いますが。

クリーニングという言葉から判断すると、女性しか買わないモノやサービスのセールスではなさそうだ。
もうちょっと別の聞き方をしていたらビジネスに結びついていたかもしれないのになぁ...。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/12/18

経団連 移民受け入れと定住化が不可避

日本経団連タイムスによると、
12月3日、自民党外国人材交流推進議員連盟の会合において、日本経団連が取りまとめた提言「人口減少に対応した経済社会のあり方」について、外国人材の受け入れや定着のあり方を中心に説明し、意見交換を実施。
海外から幅広い人材を受け入れ、定住化を進めていくことが不可避の課題であるとして、基本計画の策定を要望したそうだ。
日本経団連タイムスNo.2932 (2008年12月15日) 「移民政策に関する考えを説明」

何千人・何万人と職を失っているこのご時世に 「何を言う!」 と思った。
大量の解雇を行っているのは、経団連の幹部を務めている会社達ではないか。

こんなニュースを見ると、
・本当のところはは会社としてはそれほど経営に困っているわけではない。
・何千人・何万人と解雇しているのは、賃金がより安くてすむ外国人労働者を受け入れる枠を作るため。
・景気悪化の世界的な流れを利用している。今なら解雇することに対する世間的な批判も小さい。
なのではないかと勘ぐってしまいます。
まさかそんな事はないと思いますが。

もうちょっと日本を、日本人を大切にして欲しい。
なんとなくだが、日本人よりも中国人や韓国人のほうが優秀なような気がする。何日か前に新聞に載っていた数学だったか理科だったかの平均値は、日本よりも韓国の方が高かったような。
日本人は、徐々に優秀な中国人や韓国人に支配されていのではないか。
さらに進むと、経団連の幹部が中国人や韓国人ばかりになる日が来るのかもしれない。

これらからの日本はどうなっていくのか、日本は滅んでいくのではないかと、危惧する。

ちなみに、「外国人だから給料は安くても良い」という考えも変な話だと思う。
性別・学歴・国籍に関わらず「同じ仕事をして同じ成果がある」のであれば、同じ給料を払うのが当然のような気がする。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2008/12/17

カイゼン

この言葉が異様に好きで賛美する人も多いようだが、
自分にはこの「カイゼン」という言葉にどうしても抵抗感を感じてしまう。

「下請け業者や下っ端従業員への犠牲 (無理難題の強要や労働強化)」
というイメージがまず先立ってしまう。
あくまで経営者や上層部のための「カイゼン」であって、従業員のための「カイゼン」ではない。
顧客のための「カイゼン」でもない。

例えば、待ち時間が10秒から5秒にカイゼンされた場合、労働者のとってその5秒分の休息時間がなくなるわけで、結果的に労働者への労働強化になるといった感じ。待ち時間が少なくなった分(有償の)休憩時間が長くなると言った事は、普通ないであろう。
また、カイゼンの結果、人がいらなくなり、人員削除という事もありうるように思われる。場合によっては、カイゼンを提案した人自身が人員削除の対象になるというオチになったりして。

本家のトヨタ自動車も含めて、「カイゼン」は本当のところ上手くいっているのだろうか?
実際に「カイゼン」できる事も多いとは思うが、やはり限界があると思われる。
上層部には「カイゼンされた」と報告され、実際にそう思っているかもしれない。しかし、実態は「カイゼンされたと」虚偽の報告をしているだけであり、その分下っ端従業員がサービス残業をしていたり、家に持ち帰って仕事をしていた。何となくそういう風に想像したりする。

トヨタの(広告費という)圧力から、マスコミでは「カイゼン」のプラス面ばかり報道されてマイナス面はあまり報道されない模様。
マスコミが絶対に書けない、本当のトヨタ
 ・トヨタで過労死認定、無報酬の“自主活動”も業務、「トヨタの常識」崩れた判決

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/12/13

京急駅メロディ

京浜急行電鉄で駅メロディ(列車接近案内音)の使用が開始されました。

ここでいう駅メロディは、列車がホームに進入する時に流れるメロディです。JR各駅でドアが閉まる前に流れる発車メロディではありません。
実施されるのは全18駅でその駅にちなんだメロディを採用、11月18日から順次各駅に導入していくとの事です。
例えば、
 品川駅     : 赤い電車 (くるり)
           ※羽田空港行到着時は空港ターミナルで使用されている
            チャイム音も使用
 京急川崎駅  : 上を向いて歩こう (坂本九)
 横浜駅     : ブルーライトヨコハマ (いしだあゆみ)
 上大岡駅    : 夏色 (ゆず)
 横須賀中央駅 : 横須賀ストーリー (山口百恵)
 → 京急HP 「16駅の駅メロディ採用曲が決定いたしました!」 (導入される全駅と使用される曲にリストあり)

自分の行動範囲では、品川駅の「空港ターミナルで使用されているチャイム音」(のみ、赤い電車はまだ導入されていない)と、上大岡駅で駅メロディの使用が開始されました。

品川駅の「空港ターミナルで使用されているチャイム音」(案内放送の前に流れるチャイムです)、実際に空港ターミナルで流れるチャイム音と若干音色が違うように感じました。
あのチャイムは「国際規格で決まっている」とどこかで聞いた記憶があるので、「空港以外の場所では全く同じものを使う事が禁止されているのかな」.... と思っていました。
で、この記事を書くにあたってネットで調べてみたのですが、どこにも「規格で決まっている」旨の記述は見つけられず、他のチャイムを使っている空港があるのが分かったりして...、私の誤解のようでした。

上大岡駅の「夏色」、ゆずの2人が地元出身と言う事で選ばれたそうです。
地元とは言ってもゆずの2人は隣(考えようによっては隣の隣)の磯子区の岡村町出身で、上大岡駅からはちょっと距離があります。ひと山超える必要があり、歩いていくのはきついと思います。バスはあります。
あの辺りからだと、(横浜市営地下鉄の)弘明寺駅や蒔田駅の方が近いと思われ、地元といって良いかどうかは意見が分かれる所だと思いますが、...まぁ細かい事はよいですね。
その駅メロディ、ホームの発車案内票の所からのみ流れており、、また(JR各駅の発車メロディーと比べると)音が小さい。発車案内票から離れた所で電車を待っていると、メロディがほとんど或いは全く聞こえません。注意を促すという接近メロディとの本来の役割を果たしていないような気がしますがまぁ良いのかな...。

11月18日の開始後、流れはじめるのを楽しみに待っていたのですが、他の駅ではいつまで経っても導入されません。
「いったいいつになったら導入されるんだろう?」と思って京急のHPを見たら、導入スケジュールが載っていました。
大抵の駅では12月中に導入される予定ですが、品川駅での「赤い電車」の導入は来年3月中旬。
 → 京急HP 「駅メロディ導入スケジュールについて」
「へえぇ~」...先過ぎる。
3月になる頃には他の駅での駅メロディにすっかり慣れてしまい、既に興味を失っているのは間違いない!。忘れた頃にやってくる...みたいな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/12/08

川村カオリ

自分が高校生の頃だったか、彼女がZOOでデビューした頃、新聞のラジオ番組欄だったかで「川村かおり」の文字を見つけて驚きました。
近所に、同姓同名の人がいたからです。(名前がひらがなと漢字の違いあり)
「えぇ~! まさかあの子がデビューするのか?!」と思ってそのラジオを聴いてみたら..、当然のごとく別人でした。

当時自分がほぼ毎日聞いていたCBCラジオの「小堀勝啓のわ!ワイド」という番組に彼女がよくゲストで来ていて、その時に『「近所に川村かおりという人がいます!」という電話メッセージを投稿したら採用されるかなぁ~』と思いながら、結局勇気がなくて電話しなかった自分です。
もし電話してたらどうなっていたのだろう。普通に採用されなかっただけなのかな...

後に、ZOOでデビューした頃を振り返って「あの頃は嫌だった」みたいな感じの事を発言しているのを聞いて、がっかりしました。
自分はあの頃の路線が割と好きだったのですが。

今日、彼女のブログ「川村カオリの調子はいいんだけど…。」を見たら、『自分の娘のリクエストで風呂場で「ZOO」を歌ってあげた』旨の記事が載っていました。
あの頃のわだかまりは解けたのかな。何だか嬉しい気分になってしまいました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/12/07

夕暮れ時の山下公園付近

放送ライブラリーで 「美術セットに見る1980年代ミュージックシーン展」を見た後、山下公園に寄ってきました。

夕暮れ時の港が綺麗でした。
Pc060001 Pc060010

公園内から横浜マリンタワーを撮影。
ライトアップが消灯しており、展望台より下の部分は工事用のブルーシート?で囲まれていました。
横浜市のHPによると、今年の9月1日に灯台機能が廃止されたようです。
Pc060005

少し移動してみなとみらいの街並みを撮影。
Pc060012

こういう風景見ると、「横浜に住んでいてよかったなぁ」と思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

放送ライブラリー 「美術セットに見る1980年代ミュージックシーン」展

12月6日、横浜市の放送ライブラリーで開かれている「美術セットに見る1980年代ミュージックシーン展 ~ザ・ベストテンから日本レコード大賞まで~」を見に行った。
後援:TBS

内容はこんな感じでした。

(1) 「ザ・ベストテン」のレギュラースタジオ(歌手がでてくるミラーの所など)の模型・写真。
(2) 「ザ・ベストテン」12年間(1978年~1989年)の歴代1位・年間ベストテンの紹介。
(3) 「ザ・ベストテン」の歌手が歌うセットの模型・写真・映像。映像は約20曲のダイジェスト。
(4) 「ザ・ベストテン」以外のセットの模型・写真。(東京音楽祭、日本レコード大賞、コンサート、舞台等)
(5) 「日本レコード大賞」の歴代大賞受賞曲の紹介。

(1): 「ザ・ベストテン」の歌手が出てくるミラーの所、模型や図面で見る限り、裏側の入口が狭くて驚きました。体が大きい人はあの中に入るのも一苦労なのではないかと..。

(2): 「ザ・ベストテン」ってもっと長く、大昔からやっていたような印象がありました。自分が最初に見たと思われる時代は、12年間のうちの最初の方の年でした。自分が最初に見た時点で、番組が開始してから10年ぐらい経っていたのかと思っていました。
歴代1位の表を見て、「昔はロングランヒットが多かったのだなぁ」と思った。最初の頃は、1位なった事がある組が年間で10組ぐらいしかいなかった。それが後の方になると20組ぐらい。今ならどれぐらいの組になるのだろう。
....えぇと... そういえば、今どういった人が1位になっているのか分からないや。

(3): 木曜日の放送が終わってから打ち合わせを始め、木曜日の朝までにはセットの設計・製作を終えるそうです。
設計はともかく、製作期間が1日ぐらいしかなくて大変そうでした。セットの資材の調達はどうしていたのだろう (1日ぐらいで調達する必要がありそうでしたがそんなに短期間で調達できるものなのだろうか?) と不思議に思った。
セットを作るのもお金がかかりそうで、1度しか使わないああいうセットの資材は1度使ったら廃棄していたのだろうか?  或いは他のセットに再利用していたのだろうか?

(5): 「レコード大賞」....既に忘れかけている存在でした。
昔は「レコード大賞を受賞する事」は歌手としての最大の栄光だったと思います。大晦日の紅白の前、「レコード大賞」を見て誰が大賞を受賞するかドキドキ。受賞者の喜びの姿を見て感動したものでした。
自分が歳をとったのか、ここ最近はそういうこともなくなりました。受賞曲にいまいち馴染みがなかったり、ノミネートされる曲をそもそも知らなかったり。
今年は誰が受賞するのでしょう。
新人賞は、アルバム全曲タイアップなどゴリ押しで有名なavex期待の新人:GIRL NEXT DOORと予想。
大賞は... 誰かな? やっぱり自分が歳をとったのか、ノミネート曲の内曲名だけを見て曲を思い出せたのが1曲(青山テルマの「そばににるね」)しかありませんでした。
TBSのHPにノミネート者・曲の一覧が載っています。

---
本物のセットの展示が1つぐらいあったらよかったのになぁと思ったのですが、スペース上無理ですね。会場はあまり広くないです。

「美術セットに見る1980年代ミュージックシーン」展は1月18日まで開催。
放送ライブラリーは、みなとみらい線・日本大通り駅と直結している「横浜情報文化センター」の8Fと9Fにあります。
9Fが展示スペースで、8Fは過去のテレビ・ラジオ番組の試聴コーナー。
共に無料です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/12/06

横浜都市発展記念館 「横浜ステーション物語」展

11月23日、横浜都市発展記念館で開かれている「横浜ステーション物語 ~そこは昔、海だった……」展を見に行った。
横浜駅とその周辺の歴史を紹介する企画展である。

自分が知らなかった事や初めて見たものも多く、良かった。

(1) 新橋~横浜(現:桜木町)間の日本初の鉄道建設時、神奈川~横浜(現:桜木町)間は海を埋め立ててショートカット。この埋め立て工事は実業家の高島嘉右衛門氏が私財を投じて実施。現在この辺りにある「高島町」という地名は、この高島氏から採られている。

(2) 高島貨物線(鶴見から海沿いの工場地帯を走って桜木町に向かう貨物線)はかなり前(大正6年)に開業している。
→ 戦後開業したのかと思っていました。

(3) 品鶴線(現在横須賀線・湘南新宿ラインが走る品川~新川崎~鶴見間の路線)もかなり前(昭和4年)に開業している。新鶴見操車場もその頃からある。
→ 戦後開業したのかと思っていました。

(4) 大正時代、桜木町から大岡川沿いに西に向かい、日ノ出町・蒔田を経由して保土ヶ谷に抜ける国鉄線の建設計画があった。野毛辺りの大岡川沿いにそれ用の用地が確保されており、桜木町駅のホームは西に向かえるように曲がっていた。
この事自体は知ってました。
その当時の桜木町駅が写っている航空写真が展示されており、本当にホームが曲がっていて驚き。

(5) 東海道線・横浜辺りで現在横須賀線(と湘南新宿ライン)が走っている線路は昔は貨物線。
この事自体は知ってました。
その当時の横浜駅の航空写真が展示されており、貨物線に現横須賀線用のホームがなかった。東海道線のホームは現在と同じ2面4線あり、京浜東北線用・京急線用ホームも現在と同じ(京急線は相対式ホームだったかな?)。東急線のホームもみなとみらい線開通前と同じように高架で存在し、貨物線と東急線の間にホームが作れそう隙間がない。
現横須賀線用ホームのスペースはどう工面して作り出したのだろう?
横須賀線のホームが他のホームよりて狭く、東京方面に位置がずれているのは、無理やりスペースを作った事による産物なのかな? と想像した。

(6) 横浜駅西口は昔は空き地だらけで、東口の方が発展していた。
西口に最初に商業施設が出来たのは、横浜駅名品街と高島屋ストアであった。(現在は共になく、その場所には相鉄ジョイナスと高島屋百貨店が建てられている。)
その当時の航空写真や店舗の外観の写真が展示されていた。
その当時の航空写真では、西口一帯に川が張り巡らされていて驚き。
現在の航空写真を見ると横浜ビブレの前を流れる川ぐらいしかないので、大半の川は埋め立てられちゃったのかな?

「横浜ステーション物語 ~そこは昔、海だった……」展は2009年1月12日まで開催。
前期と後期で一部展示換えあり。既に後期が始まっています。

pb230002

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »