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2006年6月の4件の記事

2006/06/11

エレベータ事故

シンドラーエレベータ社によるエレベータ事故、恐ろしい話である。

今の所、ブレーキ系統の(ハード的な)不具合の可能性が濃厚ではあるようだが、制御プログラムの不具合である可能性がないわけではない。
私はコンピュータのプログラム(ソフトウェア)の仕事に従事しているが、制御プログラムの不具合による事故.. 充分ありえる話であるように感じる。

建物によって存在する階数が違うし1階当たりの高さも異なる。エレベータの制御プログラムの構造は知らないが、設置箇所固有の「ユーザーカスタマイズ部分」が少なからずも存在するものではないかと推測される。
共通部分は大規模かつ厳密なテストが行われるであろうが、ユーザーカスタマイズ部分はどうなのだろうか。
設置箇所に対するユーザーカスタマイズ部分の担当者は1人とかそういうレベルで、担当者の力量による所も少なくないのではないかと思われる。何万台とあるエレベータ、担当者以外の第三者によるユーザーカスタマイズ部分のテストが充分行われているとは考えにくい。
ユーザーカスタマイズ部分の不具合によって、共通部分の重要な制御部分を破壊してしまうなど(例:メモリ不正アクセスによるメモリ破壊)、充分ありえる話ではないかと思われる。
尤も、ユーザーカスタマイズ部分の不具合によって重要な制御部分が破壊されてしまうシステム構成は、そもそも問題ではある。

この仕事に従事してから、プログラム(ソフトウェア)に関する信頼感がなくなった。
ソフトウェア技術者としての言い訳をするわけではないが、ソフトウェアの不具合を完全に無くす事は不可能ではないかと思う。
人命に関わるシステムでは、ソフトウェアだけに頼らない、機械的な保護機能が必要ではないかと思う。

ハードウェアの問題は、メンテナンス会社のベテラン作業者によっても原因を突き止めて、部品交換等によって修復できる事可能であろう。
しかし、ソフトウェアの問題の場合、メンテナンス会社だけでは修復できない。その辺りも問題だ。

警視庁は、シンドラーエレベータ社から問題があった部品を取り寄せて検証するという。
ハードウェアの問題であれば検証も可能であろう。ソフトウェアの問題であった場合はどうするのであろうか。シンドラーエレベータ社からプログラムのソースファイルの提供を受けて、ソースファイルを検証するのであろうか...。

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2006/06/04

横浜都市発展記念館「昭和はじめの地図の旅」展

「人体の不思議展」を見た後、横浜都市発展記念館で行われている「昭和はじめの地図の旅」展に行った。

横浜都市発展記念館は、横浜ユーラシア文化館日本新聞博物館放送ライブラリーが入居している横浜情報文化センターにある。みなとみらい線日本大通り駅の3番出口と直結。

入館料は、常設展や横浜ユーラシア文化館も入館可能で500円。
展示の一部は6月25日までの前編(横浜発東・北日本行き)と6月30日からの後編(横浜発西・南日本行き)に分かれる。
現在は前編の開催中で、「後編」を見ることができる無料入館券が貰えた。

展示内容は、昭和初期の一般的な地図、鳥瞰図、鉄道沿線案内図・路線図等。
横浜市だけでなく、三浦半島や伊豆・箱根等の地図もある。
今は前編(横浜発東・北日本行き)なので、東京や北陸・東北・北海道等の地図もあり。

最も興味深かったのは昭和初期の横浜市の「鳥瞰図」。
市電や現在の京急・東急・相鉄の路線が開業し、横浜港や山下公園が既にある時代。現在のJR根岸線は桜木町まで開業している状態で、東急田園都市線はまだない。
横浜線や田園都市線沿線の他、現在の港南区や保土ヶ谷区・戸塚区辺りでさえ農村地帯。
現在全種別が停車し、その地区の中心駅になっている「上大岡」は、地名すら載っていない。両隣の普通のみ停車しない「弘明寺」「屏風ヶ浦」は地名が載っているのに。
本牧の三渓園は海に囲まれた半島状の場所にある。今は陸に囲まれた場所で、昔からそうなのかと思っていた。あの辺りはずいぶん埋め立てられたのだなぁと分かる。

会場は広くはなかったが、長々と1時間半近くかけて見てしまった。
閉館時間が迫っていた為、常設展と横浜ユーラシア文化館は今回はパスしてしまった。
「後編」も見に行く事が自分の中では決定した。

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2006/06/03

人体の不思議展(横浜展)

横浜市の横浜産貿ホールで行われている「人体の不思議展」に行ってきた。

横浜産貿ホールは、神奈川県パスポートセンターが入居しているビルにあるホールで、みなとみらい線日本大通り駅から徒歩5分。

本物の人体の標本(プラストミック標本によるもの)が展示されている。
標本は生前の本人の意思によるもの。中国人らしい。

生きていた時と同じ人間の状態や、臓器や脳等体の一部分のみを展示したもの、人を単純にスライスしたもの。

それだけではなく、臓器や神経等の特色を見せる為に皮膚の全部や一部がもぎ取られたり、途中で分断されている献体、筋肉を見せるために弓を引く格好をさせられている献体等もある。
学術的な目的というよりも、展示を魅せる為の処置といった感じがし、「そこまでしなくても」という残酷さを感じた。

ケースに収められている献体が多いが、外気にむき出しのものや触れる献体もあり。
湿度調整など展示物が痛まないように厳重に管理されているようにも思えず。
展示している献体が痛んでしまったら、新しい献体を調達して取り替えるのだろうか。

よい勉強にはなったが、複雑な気持ちになった。

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2006/06/01

NHK「東海道五十三次完全踏破 街道てくてく旅」三重県に突入

毎朝NHK-BS2及びBSハイビジョンで放送されている「東海道五十三次完全踏破 街道てくてく旅」が5月31日放送分から三重県に突入した。
私は三重県出身なので、テレビで三重県が出てくるのは嬉しい。

5月31日は桑名宿からの中継。
1つ前の宮宿(愛知県名古屋市)と桑名宿は船(七里の渡し)による連絡。番組でも船で移動していた。
どうでもよい話だが、今から10年以上前、ウッチャンナンチャンのテレビ番組(「世界征服宣言」か「宇宙征服宣言」のどちらかだったと思う..)でママチャリで東海道を横断する企画では、宮~桑名間をペダルで漕ぐ舟で横断しようとして挑戦したが、全然進まず、結局諦めてママチャリで宮~桑名間を走行した。

文化や方言の違いは、「山」による影響よりも「海」による影響の方が強いと、小学生の時に教わった。
そのため、三重県では、距離的には愛知県(名古屋)の方が近い地域が多いものの、「海」でつながっている名古屋弁系統の方言ではなく、「山」でつながっている関西弁系統の方言であるとの事。

だが、文化的には愛知県に似た部分もある。
三重県(の東海道沿線)では、味噌と言えば愛知県と同じ大豆から作る豆味噌(味噌汁も赤だし)であるし、うどんも関東風だ。

もう10年以上前(自分が関東に移り住む前の大学生の頃)の話であるが、当時東京に住んでいた和歌山出身の義理の叔母が語る「東京のうどんは辛くて食えない」の意味が良く分かっていなかった。
試しに東京でうどんを食べて見たが、三重で食べるうどんと比べて特に辛いという印象はなかった。寧ろ三重で食べるうどんの方が辛いような気もする。
自分が浪人時代に通っていた河合塾名駅キャンパスの食堂のうどんは辛くて汁が飲めなかったが、当然ながらその事を指しているわけではない。
大学を卒業し、関東に移り住んだ後に、「関西風うどん」が流行った。その時に、叔母が語っていた「関東のうどんは辛い」の意味がようやく分かった。関東と関西ではうどん出汁が違ったのだ。
なるほど... 自分が地元(三重県)で食べていたうどんは東京と同じ関東風。だから、東京のうどんを食べても辛いとは感じなかった。

そういえば最近は、関東でもうどんを頼むと関西風で出てくることが多くなったように感じる。

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